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俺とアイツ[陽介side]
「ねぇ、もうそろそろ、やめない?」
湯汲さんが、もの凄く不機嫌そうに俺に話し掛ける。じっとりと目を細め、俺を見ている目は、最早威嚇に近い。
「え?」
「もうね…、耐えられないわ。見てて気持ちいいもんじゃないし」
「え、俺のコレ、ダメだった?」
「どうやったら、こんな事になる訳?」
目の前にある課題を見つめて、俺が本気で解ってないものだから湯汲さんは呆れ果てる。俺から視線を外し、ため息を盛大に吐いて俺に訴える。
「佐伯さん、よくこんな中河くんに教えられたわ」
「アイツは上手だからな」
ノロケか、と、湯汲さんは鼻で笑った。
「アンタ、あんな佐伯さん見てて楽しいの?」
「楽しい訳ないだろ」
「なら、やめたげよーよ、可哀想過ぎる」
もう何度目かの放課後に、俺の家へ来た湯汲さんを送る為に家から出たら、アイツと出会った。
固まる表情と共に、泣きそうになるアイツの顔。
はっきり言って、この顔がずっと見たかった。
背中がぞわぞわして、胸がぎゅう、ってなる。
すぐに近寄って抱き締めたい。
甘やかす様に、気持ちがダダ漏れるくらいに。
俺の身体とアイツの身体に隙間が出来ないくらいに。
「私が悪いんだけどね」
「いやいや、それを言ったら俺だろ。断らずに提案に乗った訳だから」
「その場でその歪んだアンタの話を聞いてたら、私は絶対断ってたわ…」
「歪んでるのは認める」
俺の欲深い感情をアイツは知らない。
たまたま隣の席同士になった湯汲さんと仲良くなっていく内に、彼女の悩みを聞く羽目になった。
「ほぅ、ストーカー」
「そう。正体は解ってるんだけど」
「えっ、そうなん」
「ま、元カレ」
「ほほぅ」
「別れよ、って言ったら泣き始めて。縋ってきて手に負えなくて。放っておいたのよ」
「泣くとは余程だな」
「そしたら、お前ヒマか、ってくらい色んな所で遭遇して。何もしてこないけど、鬱陶しい事この上ない」
「何もしてこなくてもなぁ」
「だからさ、まぁ解らせてやりたい訳よ」
「ふーん」
「中河くんさ、付き合ってくんない?」
ブフォ、と絵に描いた様に俺は紙パックのジュースを吹き出した。ポタポタと口からも落ちて、ここが中庭で良かったと心底思った。
取り敢えず、思いっ切り怪訝な顔をして湯汲さんを見ると、わーキッタナイ!って言いやがった後に超絶イイ顔をした。
「ね?ちょっとでいいからさ!」
ハンカチで口元を拭い、これ後で水で洗っておかないと母さんにドヤされるな…とか思いながら、眉根を寄せて湯汲さんを見る。
「俺にメリット無くね?」
ふと気付くと二階の渡り廊下に居るアイツが目に入った。こちらを見ているが、その視線に気付かないフリをした。
ここで、俺に何かが降りてきたかのように、閃いてしまった。
いつも俺の側に居る幼馴染。
幼い頃から一緒に居るから隣に居る事が当たり前だった。
異性なのにアイツが近くに居るのは心地良かった。
離れる事はないだろうと、漠然と思っていた中二の夏。
たまたま廊下から教室に入ろうとしたら、中から声が聞こえた。アイツと先生。どうやら志望校の話をしているらしかった。先生はアイツならもっと上の学校に行けると説得していた。俺もそう思った。だけど、アイツは頑なに俺が志望している学校に行くという。
確かにこの時、俺もアイツと離れてしまう事に一瞬焦った。アイツは可愛い。絶対すぐに男共に狙われる。
だけど、アイツが発した言葉は清々しいまでにはっきりと、俺と同じ高校へ行く、と言ったのだ。
ここまで聞いて、期待しない訳にはいかない。
だけど、アイツは結局そのまま俺に踏み込む事もなく、俺も幼馴染という無駄に長年一緒に居るせいで、壁を越える事が出来なかった。
もしかしたら、本当に幼馴染としてだけで一緒に居るのか?
こんなに俺に可愛く見せておいて?
あざといな?
何かが降りた俺は、湯汲さんに「いいよ、付き合おう」と返事をしていた。
和奏、可愛いお前を確実に手に入れる為に、俺の策にハマってくれ。
言葉にしなくても、お前は俺の事が好きだろう?
俺もだよ、和奏。
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