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妊娠マーカー
「ねえねえ、聞いた? 奈緒の所ついにおめでただってさ」
「うん、そうらしいわね。なんかさーこれが妊娠マーカーよーって色んな人に見せまくってるみたいよ」
由美は友達の沙也加とショッピング後のひと時を過ごしていた。大規模ショッピングセンターには、必ず女性が一息できるようなコーヒーショップが併設されているのは重要な商戦略なのだろう。
「そのマーカーを見せると、ここのショッピングセンターの大部分のお店で大幅割引があんでしょ? いいなぁー、あたしも早く彼氏を見つけて妊娠したいわ」
沙也加は、店員が持ってきたアイスティーをごくりと一口飲んでから話を続ける。
「うふふ、でも妊娠すると悪阻とか大変だっていうじゃない。それにさ、妊娠したという事は彼氏とセックスしてますって大っぴらにいってるのと同じだし――」
由美はレモンティーのレモンをスプーンでかき混ぜながら、ちょっとだけ小声で答える。
「由美ー、なにその考え方。ちょっと考えすぎでしょ。誰もそんな事気にしてないって。
だってそんな事いったら由美のお母さんとお父さんがセックスしたから由美が生まれて来たんでしょ?」
沙也加はアイスティーとセットで付いてきたクッキーを手に取って食べる場所を選ぶように一通り見まわしてからカプリと口に当てる。
「まああ、そうなんだけどね。でもちょっと抵抗あるんだよね。セックスとかってさ、やっぱりひそやかに行う行為だしさ。夜の夫婦生活とか言うじゃない? それはさー、私だって子供欲しいから好きな人とセックスするんだなーとは思うけど。でもそれはさ、オブラートに包んでおきたいなーって思うんだ」
由美はそう話してから、口紅がカップの縁に付かないように注意してレモンティーのカップに少しだけ口を付ける。
「まあね、『夜の夫婦生活』なんて言い方すると大きな声では言えないわよね。でも最近の女性雑誌とかでもセックスの記事が一番最初だったりするしね。考え方なんて時代によるんじゃない? だってほら今は『産めよ、増やせよ』でしょ。これって由美の考え方だと『若者よセックスしなさい』という事だものね」
服の襟についたクッキーのカスをバサバサと手ではらいながら軽い口調で由美に同意する。
「まあさ、それの最たるものが妊娠マーカーなんじゃない? 奈緒なんか見せびらかしてるんでしょ。それって『見て見て、あたし彼とセックスしたんだ』って事になっちゃうもんね」
「うん、だからもしもあたしが妊娠したら極力見せないで生活したいなーとおもっちゃうんだ」
「えー、由美それはもったいないよ。だって割引や優待の権利を放棄するようなもんじゃない。妊娠して大変だから優遇しましょうってのが趣旨なんでしょ?――」
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