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遠慮がちに扉を叩く。
部屋から返事はない。
もう一度だけ強く扉を叩く。
「誰だ。」
部屋の中からくぐもった声が聞こえる。
ロイだ。
「あの、エルです。」
こんな夜に部屋を訪れるのは申し訳ないが、
お金だけは早いうちに渡したい。
「入れ。」
扉に手をかけそっと扉を開いた。
遠慮がちに覗き込むと、
酒の入ったグラスを片手にベッドに座るロイがいた。
「何しに来た?」
いつも通り綺麗な顔に表情がないが、
声には微かに苛立ちが混じっている。
綺麗な金髪が光に揺れる。
ロイは返事に困っている私を横目に、
グラスを部屋のテーブルの上に置いた。
ガンッとテーブルとグラスがぶつかる音が部屋に響く。
ロイの苛立った心を表す様に。
その大きな音に思わず肩がすくむ。
わざわざ、夜分に尋ねた事を怒っているのか。
それとも私とよっぽど顔を合わせたくなかったのか。
怖い。
「お金を、返しに来ました。1000ルドですが先に洋服代を。」
ロイを刺激しない様、目を逸らしてお金を差し出す。
呆れた様にロイは一つため息をついた。
「洋服代は必要ない。」
「だけど、」
私の言葉に被せる様にロイが言う。
「俺が買ったものだ。」
本当に、良いのだろうか。
血に濡れたロイの姿が頭を掠める。
迷いが顔に出ていたのだろう。
「礼なら昨日貰った。」
なんの事だろう。
あぁ、と思わず声が出た。
確かに昨日はお礼をすると言って踊りを見せた。
「あれは俺への礼では無かったのか?」
真っ直ぐ見つめる瞳に、思わず私は嘘をついた。
「そう…です。」
私の回答に満足そうに、ロイは頬を上げた。
耳にかかった金髪がさらりと揺れる。
初めてロイの笑顔を見たかもしれない。
綺麗な顔立ちに、笑顔がよく映える。
こんな笑顔の姿を見せたら、誰もあの血に濡れたロイ・ランカスターだと思わないだろう。
そんな笑顔は一瞬で、
すぐにロイの顔がいつもの感情が見えない綺麗な顔に戻る。
行き場を失ったお金の入った私の手をロイはチラリと見る。
「金はテーブルの上に置いていけ。これで貸し借りなしだ。お前に雇われてやる。」
貸し借りなしという言葉に、
私の胸は安堵する。
この男に借りは作りたくない。
すぐにテーブルに置かれたグラスの
側にお金を置く。
出て行こうと踵を返した時、ロイの声が部屋に響いた。
「ベッドに座れ」
命令する様なその口調に思わず身体がすくむ。
一体何をするつもりなのか。
その瞬間全身から冷や汗が走る。
服の下に隠れた鍛えられた体。
ベッドに立てかけられた剣。
何かあれば私は助からない。
目の前にいる男は血に濡れた総指令官だ。
自ら危険な手の内に飛び込んでしまった自分を殴りたくなる。
言うことを聞かない私に言い聞かせる様に
もう一度低い声が響く。
「こっちに来い。」
だが体は言うことを聞かない。
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