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何故だか休日っていうのにコートを着こんだ姿を見た。
「どこか行くんですか」
「駅前のクリスマスバザーに行こうかと思ってな。
ほら、準備」
今までは別々に行動していたのに一緒にいこうなんて、やっと恋人になれた気分。
髪型も少しセットが甘くて、いつもの仕事スタイルではない。
「じっと見てどうした」
「なんか珍しいなーと思って」
「休日までワックスで固める必要ないだろう」
「でもキャンプの時は固めてましたよね」
彼はまだ部屋着の私に近づいてきた。
顔が近くて心臓の音が大きくなる。
「うるさい。俺のこの姿が見れるのは君だけだろう」
目が合わせられない。
「そうですね」
「得してると思えばいいだろう」
コクりと頷くことしか出来なかった。
「俺に見惚れてないで準備しろ」
少し顔が離れたので顔をあげると彼はそれを待っていたかのように唇を重ねた。
優しく笑うと頭を撫でてリビングに行ってしまった。
これだけで限界だ。空気が抜けるように床にへたりこんだ。
私ばっかりドキドキさせられてずるいな。
今からお出かけなんて心臓が持つだろうか。
クリスマスのオーナメントやお菓子が出店でところ狭しと売られている。
「ほらこれ、可愛いよな」
小さな雪だるまのキーホルダーを手に取った。
「可愛いですね。こっちなんかもいいですよ」
クリスマスカラーのペアリングだった。
「いいな。あそこにクッキーやパウンドケーキが売ってるぞ。向こうにはビールの飲み比べ」
手が僅かに触れる。その手は少し冷たくて大きい。
意識しないようにしているけど、自分の手が熱い。
ショーケースに並んだクッキーやパウンドケーキを眺めていると、向こう側に見慣れた背中を見かけた。
「あれ、影山ちゃんと高野さんじゃないですか」
「そうだな」
足を止めて難しい顔をしている。
「向こう側から回れば鉢合わせないだろう」
手を引かれ人混みの中をかき分けてビールやウインナーを食べられる場所に向かう。
二人の好きなビールを飲み比べて選んだ。
イルミネーションでツリーやお店が光っている。
手を引かれていることに気がついて、恥ずかしくて顔が上げられない。
「どうした俯いて」
心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「いや、なにもないです」
「楽しくないか」
声色が寂しそうに変わったのに気がついて慌てて訂正する。
「いえ、とても楽しいです。その、なんていうか手が」
相沢さんは一瞬、掴んでいた私の手を見るとそのままイルミネーションの方を向いた。
「寒いな」
自然に指を絡めるとポケットに入れた。
え、ちょっと。いきなりは。
長い指と温もりを感じる。
その指に何かが当たっている。
ポケットから繋いでいる手を出すと私に指を見せた。
相沢さんって指輪なんてつけてたっけ。
「これ、君の欲しがっていたやつ」
鞄から指につけているのと同じリングを取り出した。
「君に」
彼からの最初のプレゼントだ。
私の左手の薬指に嵌めるとそっぽを向いた。
「キザすぎて我ながら恥ずかしくて死にそう。顔を見ないでくれ」
彼の顔を見上げると耳まで真っ赤だ。
それが何だか面白くて、何としてでもどんな顔をしてるのか見たい。
顔を見せないようにゆっくりと抱き締めた。
口にアイスをくわえてテレビを見ていると、
お風呂から上がってきた気配がした。
「そろそろ部屋をどうする」
「ん?部屋って」
冷蔵庫を開閉する音がして、後ろに立っている。
「だから、あれだ。そろそろ寝室は一緒にしないか」
彼の顔を見つめるとソファの隣に座った。
「どれだけ喧嘩しても一緒の布団で寝る。
それが円満の秘訣だそうだ」
いつかはその日が来るとは思ってたけど。
「は、はい。分かりました」
肩と足が密着する。
「私は一人部屋も欲しいんだけど」
「勿論、大丈夫だ。ベッドだけ隣にしたらいい。
早速ベッドは俺の部屋に移動させておくから」
歯磨きしているときも気が気でない。
これって今日、もしかしてもしかすると。
部屋の扉を開けると初めて見た彼の部屋だった。
匂いも私の部屋とは違う。
整理整頓されていて、棚には本が並んでいる。
この小説が好きだったんだ。
シングルベッドを二つ並べてある。
このピンクの布団が私のベッドだ。
布団に入ると暫くして彼が部屋に入ってきた。
隣に人がいるのって柚子が酔って寝ぼけていたときぐらいだ。
「寒くないか」
「うん」
寝返りをうって目を開けてみると、丁度こっち向きに寝ている彼と目が合った。
心臓が途端に早く動き出す。
手が伸びてきて髪を撫でる。
「いい匂い。もっとこっちに」
低く掠れた声にしびれる。
彼の胸に顔を埋めてみると久しぶりに人の温もりを感じ、心地よい。
気がつくと目覚ましが鳴っていた。
やってしまった。初夜に寝落ちしてしまうとは。
相沢さんはどう思っただろうか。
横を見ると寝息をたてて寝ている。
気の抜けた寝顔を見て、それがあまりにも絵になっていてこっそり写真を撮った。
自堕落な生活をしていた為、お腹周りにお肉がつき体毛の処理もしていない、下着も何年物だろう。
こんなんじゃ一回目から愛想を尽かされてしまう。
準備が整うまで待ってもらおう。
***
手を伸ばすと柔らかな頬に触れる。
「おはよう」
彼女は薄く目を開くと、微笑んだ。
「おはようございます。朝ごはん作りますね」
寝室を一緒にして二週間。
ちょっと前までの俺の口から出ると思えない『幸せ』を噛み締めている。
ただ、あることをのぞいては。
少し寝癖がついていて、寝ぼけていて可愛い。
「渉さんぎゅっとして下さい」
理性が崩壊した。彼女に覆い被さるようにして深く口づけた。
「まだ、ちょっと心の準備が出来ません」
肩を押し返され、彼女の息があがっていた。
「ごめん。君は無理をしないでいい。
俺は大丈夫だから」
大丈夫ってなんだよ。大丈夫なわけないだろう。
喉から手が出るほど触れたいってのに。
紳士ぶっておでこにキスをして必死に堪える。
「ごめんなさい」
彼女はキッチンに向かった。今日も駄目だった。
これで誘って何回目だろうか。
それから未だに何もない。
正直言って、毎日悶々としている。触りたい。
ハグはするしキスもするけど付き合って半年何もない。俺は彼女に弱い。
嫌がることはしたくない。
少し怖がっているかもしれない。
目の前でなくなっていくカレーを眺めていた。
「そんなに俺のカレーが美味しそうか」
首を横に振ると冗談だよと言って大嶋は笑った。
大嶋の顔を見るとにやにやとしている。
「今日はずっと上の空だし、俺にずっと隠してることあるだろ」
「ないって」
味噌汁をすすっていると、大嶋が俺の方を指差した。
「相沢が嘘をついてるときはいつも眉が下に下がって僅かに眉間に皺がよる。
大方、彼女とうまく行かないんだろう」
味噌汁を吹き出しかけた。
「やっぱり、そんで彼女との方向性の違い?
身体の相性、それとも金銭感覚の違いか?」
「こんなとこで言うなよ」
このまま黙ったままでいても大嶋が好き勝手言い出すから話すしかないな。
「まぁ、彼女がいるんだけどまだ彼女が俺のことを信頼していなくて、なんていうか」
「渉に浮いた話なんて久しぶりだな。彼女は確かにうぶな感じがするし」
鯖の味噌煮をつつきながらふと手に持っていた箸を落とした。
「まさか」
「誤魔化さなくてもいい。浅田さんだろ」
「いやぁばれていたか。どうして」
「距離が友人や上司部下のパーソナルスペースよりかなり近かったから。
これは余程親密でないと、あの距離まで近づかないんだ」
こいつは本当に底知れない観察眼がある。
「よく彼女を射止めたな。
浅田さんは相沢のことが嫌いなようだったぞ。
誰が見ても分かるくらいに嫌悪感を見せてたし」
「うるさいなぁ。俺だって自覚していたんだ。
まぁそこまで分かってるんなら早いけど。とても言いにくいんだが」
誰にも相談できていないが、大嶋になら話せるか。
「彼女が触れさせてくれない」
「ふうん、それでどこまで駄目でその理由は」
「キスやハグはいけるのにそれより先が駄目で。
恥ずかしいらしい。心の準備が出来ていないとか」
「ゆっくり待ってやるしかないんじゃないのか。
渉のことは好きなんだろうし。
あの様子だと相当惚れてる」
「あー、いや。うん」
「あーやだやだ、渉ものろけるようになってよ」
「それを言う弘はどうなんだよ」
「あれから全然」
二年前に彼女に浮気をされて、婚約破棄になった。
「またいい子が見つかるさ」
俺は頭の片隅で由佳の寝顔を思い出していた。
「ただいま」
返事がない。部屋に入るとリビングのソファで眠る姿を見つけた。
「またこんなところで寝て。風邪引くぞ。先に寝ていてよかったのに、待っててくれたのか」
薄っすらと目を開け半開きの口にドキリとする。
「涉さん。おかえりなさい」
「ほら、掴まって」
俺の首に腕を回して身を任せる彼女をベッドにゆっくりと下ろした。
「涉さんの匂いだ」
「あまり、その。匂わないでくれ。
いつも寝てるベッドなんだ。
雨で一週間は洗濯してないから」
彼女は笑っていた。
「匂うんだったら俺にしてくれ」
ゆっくりと抱きしめる。
「寒い。暖房つけて」
俺はネクタイを外し机に置いた。
「ん、暖房なんて要らないだろう。
俺の身体と密着していればいい」
俺の胸に顔を埋めていた。
遠慮がちに背中に手を回すのが可愛い。
「心臓がドキドキしてる。俺のも聞こえるか」
「ちょっと、涉さん」
「この照明は何のために間接照明にしてると思う。
君が恥ずかしがらないようにだ」
頑なに顔をあげない。
「顔を上げてくれないと寂しいな」
彼女のうなじにキスをすると、僅かに肩がぴくり
と震えた。意地悪をしすぎたか。
寝息を立てる彼女の顔を見ていた。
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