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蓮が話を切り出した。
「会話、どうする気だ? やっぱり自分で話したいだろ?」
「……うん。駅のそばにある英会話教室とかどうかな」
「そんなに役に立たないぞ。ただで時間も構わず教えられるのは俺だと思う。心配しなくていい、怒らないから」
「うん。頑張る」
「頑張ろうな」
「うん」
会話がなぜか互いにぎこちない。本当ならここでジェイを胸に抱き締める。なのにいないはずの母がすぐそこで見ているような気がして手が出せない。
(母親って恐ろしいな…… これが親父の前だったら開き直ってたかもしれない)
電話が鳴った。母からかと思って一瞬ヒヤリとした。それはジェイも同じだ。名前を見てほっとした。
「花だ」
スピーカーにした。
「俺だ。ジェイがいるから今スピーカーにしている」
夕べの話をされたら困る。察しのいい花はそれだけで分かるはずだ。
『よっ、ジェイ、今度の土曜、俺んとこに来い』
「でもずっと行ってるよ。せっかく花音ちゃんたちいるのに」
『おい! ウチの子どもは花音だけじゃないぞ!』
「あ……ごめんなさい。俺、ちょっと疲れたの。横になってくるね」
寝室のドアが閉まるまで花とは話さなかった。スピーカーはやめて、耳に携帯を当てた。
『ジェイはそばから離れた?』
「寝室に入った」
『良かった、その方がいいよ。それでさ、土曜はウチに来てよ』
「どうした、何かあるのか?」
『ヤバいじゃん! どうすんのさ、お祖母ちゃんとの会話』
「もう聞いたのか! お前たちの連絡網は凄いな」
『哲平さんがかけてきた途端に「超大問題!」って叫ぶから。話し聞いて、俺も「超大問題!」って思った。でもなんとかしなきゃ。せっかくおばあちゃんと会えるんでしょ? すごいよなぁ、今まで頭に過りもしなかった、ジェイのおばあちゃんなんて』
「そうなんだ。父方の身内に関して俺も考えたこともなかった」
『でもなんで今頃?』
「ずっと探していたそうだ。宮里……お母さんの実家で、来た手紙を放置していたらしい。何度も手紙を出して、やっとここに辿り着いた。20年以上かかってるってことだ」
『すっげぇ…… ならなおのことヤバいじゃん! 通訳通すなんて想像してもがっかりだよ! 土曜に来るだけじゃ済まないよね、なんとかしなくちゃ!』
「悪いな、次から次へと」
『いいって。俺だっておばあちゃんと直に話をさせてやりたいよ。日常会話の中でも簡単なとこから英語で喋った方がいいよ』
「そうだな…… そうするよ、習うより慣れろってな」
『そうそう! じゃ待ってる』
(また花に助けられる)
蓮にとっても心強い戦友だ。
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