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衝動
郁子は腹が立っていた。あれきりパーフェクトリサーチと連絡が取れない。電話をかけると現在使われていないというメッセージが流れてくる。
あの時鈴木と話したことで、自分の憎しみが露わになっていた。諒が煮え切らない。事業の展開には自分の力もあるはずなのに役員会ではまるでオブザーバーのような扱いだ。
8歳の賢之は、使用人の野口令子にすっかり懐いてしまって、自分には反抗ばかり。怒ればすぐに令子のところにいってしまう。
(あの子、辞めさせなくちゃ。賢之は立派な経営者に育てて見せる)
諒は自分がどれほど河野家にとって必要な人材なのかを理解していない。
(なのにたかだか余所の男を河野家から追い出すことすらできないなんて)
こうなると激情的な郁子は他のことが見えなくなる。
(どんな男か見に行かなくちゃ)
店のホームページを見た。だから場所は分かる。郁子はどこに行くとも誰にも告げず、車に乗った。
「明日は花の家だな」
いつもなら喜んで返事をするジェイが黙っている。今はランチ直後でほとんど片付けも終わっている。
「どうした? お前花が好きだろ?」
「好きだけど。どうせ玄関入ったら全部英語になるんでしょ? 花さんならきっとそうする」
花ならスパルタになるに決まっているとジェイは思っている。花の性格などお見通しだ。
「そんなこと無いと思うけどな。お前が信用してないって知ったら花は立ち直れないかもしれないぞ」
ジェイは不安になった。
「そうかな?」
「いつもお前のことじゃ花は一生懸命になるだろ? お前のためにならないこと、花がしたことあるか?」
「……ない」
「どうするか決めろ。でも行かないなら電話しろよ」
「俺が!?」
「お前が言われたんだ、当然だろ」
ジェイはどうしたらいいか分からない。英語を話せるようになるのが必要だと分かってはいる。そうしなければおばあちゃんに連絡さえできない。
「蓮、ちょっと散歩してきていい? 頭冷やしたい」
「一緒に行く」
「1人がいい!」
「ジェイ、1人はだめだ」
「どうして!」
ジェイはこの頃1人では外にも出られないことも気に入らない。だが蓮にしてみれば、1人でなど出かけさせたくない。まだ何が起こるか分からないと思う。
「たまには外でコーヒー飲むのもいいだろ? 俺も冷たい空気を吸いたいんだ」
「今日はいやだ! たまには1人がいい!」
滅多に出ない頑固さが出ると、なにを言っても無駄だ。さっさとエプロンを外してスタッフルームに置いてあったジャンバーを着込んだ。
「行ってきます!」
「待て! ジェイ、待て!」
蓮の上着は家だ。
「伴! 上着貸してくれ!」
「いいけど。どうしたの?」
「ジェイが1人で外に出た!」
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