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至福の時間
他のものが何も介在しない時間が続いていく。
土曜だというのにもう誰も来ない。2人には至福の時間だ。誰を疎んだこともない。現実にはちゃんと向き合ってきた。けれどそれが深く心を蝕んでいたとは蓮でさえ思わなかった。
(休み時だったんだな)
退職してからは店の準備。2人で旅行した2週間は楽しかった。けれどそこからはまた突っ走った。
自分では分からないものだ、自分の限界なんて。
椅子を引き寄せて蓮の隣に頭をのせてのんびりとおしゃべりをしているジェイの頭を撫で続ける。ジェイは何も言わず蓮の好きにさせていた。
「でね、優作さんの言葉を真似してたんだ。えっと、『ばか言ってんじゃねーよ』『腹、減らない……じゃなかった、減らねーか』そんな感じ。すっごく難しかった! 何度も言い直しさせられるし」
「そりゃ大変だったな!」
「そうだよ! きっと花さんなら上手だよね」
「花は誰にも負けないからな」
花にしてみればちょっと複雑な褒め方だ。
「どうしたらあんなに強くなれるんだろう?」
「花は、花だ。誰とも違う。みんなそうだよ。同じ人間なんていないんだから」
「……俺も?」
「お前は特別にだ」
「蓮も特別だよ」
蓮は自分が順調に回復していくような気がした。まるで世の中に取り残された無人島にジェイといるみたいで心地いい。
「幸せだよ、ジェイ」
「うん」
蓮の欲しかったものがここにある。それが病院であることは大きな皮肉だが。それでもこの2人だけの空間は何物にも代えがたい。
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