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喋りながらゆっくりと動き回った。広いフロアに数枚の絵がかかっている。
「全部まさなりさんの絵かな」
「院長がまさなりさんのファンだと言ってたよ」
「すごいね! 自分の手で作り出したものに人が何かを感じてもらえるって」
どれも明るい絵だ。壁と窓で外と隔てられているのにまるで外と繋がっているような。
一枚の絵の前で止まった。少年が大きな木に背中をもたれさせて本を読んでいる。周りがあまりにも明るくていろんな緑に溢れているから、その木陰が際立っていた。ページをめくろうとするその手が、今にも動き出しそうで。
「これ!」
「花だな」
「そうだよね!」
11、2歳の頃のように見える。子どもと少年が行き来する頃。片足は投げ出して、立っている片膝に本が載っている。
「この頃はまだ一緒にいた頃なんだろうな」
「どうして…… どうしてこの花さんを置いていけたんだろう」
「人の選択っていうのはその人にしか分からないもんだよ。そしてまさなりさんはこの選択を間違っていると知ったんだ。でも終わったことは終わったことなんだよ。もう一度やり直すことなんてできない。なかったことにもできない」
蓮の言葉がジェイの中で思いもよらない波となった。何度も何度も同じ言葉が重なり大きな津波の中に巻き込まれていくような。
「なかったことに、できない」
「どうした?」
「れん、どうして? なかったことになった方がいいこと、いっぱいあるよ。どうして? いやなことも辛いことも、ぜんぶなくなっていいんだよ。だから2人でどっか行こうよ。2人で……」
「ジェイ? ジェイ、どうした? ジェイ!」
「なかったこと…… なくていいのに、なくて」
目が虚ろにさまよっている。蓮はジェイの体をまさぐった。パーカーのポケットに安定剤を見つける。
「誰か! すみません、水をください! お願いします、水を!」
他の付き添いの人がすぐに動いてくれた。水が手元に来る。ふらりと立っていたジェイがくたりと倒れていきそうになるのを両手で膝に引きずり込んだ。薬を口に入れて水を飲ませる。半分以上水は零れて行ったが、確かに薬は飲みこんでいた。
「ナースコールしましょうか!?」
「お願いします!」
膝に載ったジェイの耳に口を寄せる。
「ジェイ、俺がいる。俺がいるぞ」
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