のどかな一日

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  「れん」 「いるぞ。どうした、起きたか?」 「れん」  ソファに座った蓮の顔が視界に入ってきた。 「おれ、どうしたの? なにかしちゃった?」 「ちょっと調子悪くなったらしい」 「ちょっと…… あ! ごめんね! これ蓮のベッドなのに!」  蓮の唇が一瞬震えるように引き結んで、そして笑みが浮かんだ。 「まったくだ。起きて大丈夫か?」 「ん…… 大丈夫。ちょっとふらっとするけどたいしたことないし。蓮、横になって」 「じゃそうさせてもらおうかな」  張りつめていたものがやっと解れた。 (なにが起きたのか分からないのか) 横になって背中をちょっと上げてもらう。ついでにとジェイが汲んでくれた水を飲んで落ち着いた。  ドアが開く。森下さんが入ってきた。 「大丈夫ですか!?」 「え、蓮、なにかあったの!?」  慌てているのはジェイの方だ。 「いや」  森下さんの顔をじっと見た。なにかを感じてくれたらしい。それ以上を聞かなかった。 「ジェイさん、申し訳ないんですけどちょっと向こう側に行ってもらえますか?」 「はい」  いつも通り、ジェイは素直に従った。 「どういうことかお聞きしていいですか? お答えにならなくてもいいんですよ。個人情報ですし」 「いえ、同じことがまたあったら助けていただくことになりますから。……ジェイは大きなトラブルのせいで精神的な病を抱えていたんですが、ショックを受ければ記憶が消えることがあるんです。時々ああやって意識を失うんですが目覚めた時にどの記憶が消えたのか、消えてないのか。それが分かりません。当然本人は全く知らないんです、その経過を」 「その記憶が残らないから。そういうことですね?」 「はい」 「私たちも気をつけておきます。なにかあったら言ってください。また後で伺います」 「はい」 (さっき…… ジェイを支えきれなかった…… 体力が無いからだ) 蓮にはそれが少なからずショックだった。 (今の俺じゃジェイを助けられない)  ジェイの中でさらに記憶のすげ替えが起きていた。大きく混乱している、まるで地震の揺り返しのように。  両親は一緒に事故で亡くなった。多くの人が助けてくれた。兄2人がいたからそう辛い思いもせずに済んだ。そして蓮と知り合った。2人で店をやっていてみんなも兄弟も食べに来てくれる。  毎日が楽しい。それほど嫌なこともなく、辛いこともない。今蓮は過労で入院しているけれど、もうじき退院だ。  ジェイの中で数人が消えている。祖父母で浮かぶのはAnnaだけ。しばらく働いていたR&Dというオフィスにもいい人しかいない。 (俺、幸せだよね。父さんも母さんもいないけど、蓮と兄さんたちがいるんだから)  次に記憶が動くのはいつなのか。今ある記憶の中身を知る者はまだいない。  
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