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ジェイが車に乗って、郁子が乗った。車にキーを差し込む。ジェイの側の窓がどんどん! と叩かれた。
「あ!」
「なんなの!? この車、高いのよ!」
「すみません、常連さんなんです」
星野は常連になっている。だからジェイは自分に対する張り込みだとは思っていない。店の中で哲平と2,3度喋っているのを見かけたことがある。
「ちょっといいですか? お店やってるのでご挨拶しないと」
郁子は舌打ちでもしたいくらいの心境だ。けれどここで急に車を発進させれば厄介なことになりかねない。
「少しだけ待つわ。急いでね」
「ありがとう!」
ドアを開けると星野に手を差し出された。てっきり握手だと思ってジェイはその手を握ったが、思いの外力が強くてまるで引きずり出されるような格好になった。
「悪いね、店長見かけたからつい声がかけたくなっちゃって」
郁子が寒いだろうと、ジェイはドアを閉めた。
「いつもありがとうございます! お客さんのこと覚えてます。哲平さんと仲がいいですよね?」
「ああ、あの人! 一度隣同士に座った時があって、なんとなく意気投合したんですよ! すごく印象的でね、それから時々お喋りしてるんだよ」
「分かります! 哲平さんって誰とでも仲良くなっちゃうから」
「確かに。どっか行くところ?」
「いえ、その女の人が話があるけど寒いからって車の中で」
「そういうの、だめだよ! 知ってる人?」
「違うけど。でも女の人だし」
「店長は世の中を知らなすぎる。女性だからって油断しちゃだめだよ。最近は車に乗せといて『この人が勝手に乗ってきて襲われた!』なんて騒ぐのもいるんだから。女性にそう言われちゃいくら反論しても無駄!」
「そんな人に見えないけど。それに蓮ちゃんの家の人だって言うし」
「知ってる人?」
「ううん」
「じゃ、蓮ちゃんに電話して聞いてみたら?」
郁子が下りてきた。かなり頭に来ている。
「ちょっと! いつまで待たせる気なの!?」
(すげぇ、これか、弟の嫁って)
写真は見ていたが遠くから撮ったものだった。仕掛けた盗聴器は、郁子の部屋にしかけたわけじゃないからあまり役に立っていない。場所が的外れだったともう当てにもしていない。
「ごめんなさい! でも」
「私ね、『でも』って言葉、嫌いなの! さっさと乗ってちょうだい! 私は暇なわけじゃないんだから!」
「郁子さん!」
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