蓮の心、ジェイ知らず

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   一応横になった。調理人は重労働だ。徹夜してやるものじゃない。けれど興奮しすぎて眠れない。暗いベッドの中でジェイを抱きしめて頭を撫でながら尚も考えている。 (最初に出す料理は何がいいかな。ちらし寿司はどうかな…… いや、酸っぱい飯っていやかもしれない。……ジェイと蕎麦を打つか? それもいい。それをやろう! でも最初に相応しいか?)  蓮の考えることは止めどもない。 (うーん…… どれくらいいてくれるんだろう。お父さんの話をたっぷりしてもらえるよな? それがジェイには一番嬉しいよな…… ヤバい、俺も嬉しい。ジェイのことをお父さんがどんな風に話していたのか、是非それを聞かせてもらいたい!)  思わずぎゅっと抱き締めてしまった。 ――ぐにゅ…… 「あ、ごめん」  慌てて力を抜いた。  やっと朝。無理に起こすことはしたくない。この頃は起きないようなら『先に行ってる』とベッドサイドにメモを残していく。でも今日は無理だ。6時近くに店に電話を入れる。 「伴、おはよう! ちょっとだけ遅れる、ちょっとだ!」 『は、はい』  勢いに圧された伴の返事も碌に聞いちゃいなかった。 「母さん!」 「おはよう……どうしたの?」  息子がやたらハイテンションだ。 「あのな! ジェイのお祖母さんからだった!」 「え? あの手紙?」 「そうなんだよ! ジェイを起こしたいんだけど無理に起こすと変な寝ぼけ方するからなぁ。去年の12月から薬が変わってるからさ、無理が無いようにしてるんだ。あ、母さんもその辺気をつけておいて」  晶子はきょとんとしている。こんな蓮司を見るのは大学のころ以来だ。 「あなた、時間は?」 「ちょっと遅れていく! もし起きたら手紙読んでやらないと」 「そうかもしれないけどそれが7時とかだったらどうするの?」  目をぱちぱちさせている。 「そうか」 「起きたら連絡してあげるから。行きなさい」 「そうするよ、あ、内緒だからな、中身言わないでいて」 「分かったから」  終いには晶子も笑っている。 「ちょっとは興奮しろよ!」  ぶつぶつ言いながら支度を始める息子が微笑ましい。 「あれ? 蓮ちゃんもういいの?」 「済まん、悪いが上から電話があったらちょっと抜ける」 「いいけど、眞喜ちゃんがいるから」 「そうだよな、うん、ちょっとならいいよな」  どうしたんだろう、と眞喜ちゃん、匠ちゃんと目を合わせる。鼻歌が出てくる。悪いが静かに仕事をしてもらいたい、と一同失礼なことを考えていた。  
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