12人が本棚に入れています
本棚に追加
1 柴嵜陽介
僕が生徒会長だった3年生の新学期に、生徒会の庶務係として来たのが、2年生の朝比奈杏だった。背はそれ程高くはなく、セミロングの髪型が大人っぽく見せていた。まつ毛が長く、唇は薄いがえくぼができるのが印象的だった。
文化祭が無事に終わり、生徒会のメンバー10人でカラオケに行き、打ち上げを行った。その時に僕は、気になっていた彼女に、思い切ってデュエットを申し込んだ。いつもの彼女はてきぱきとしていているのに、僕の申し出にためらっているように見えた。それでも仲良く歌い終わった後は、横に座っていろいろな話ができた。彼女は見た目より純粋で、可愛らしい子だと思った。
それから数日経って、生徒会室で二人だけになる事があった。
「柴嵜会長にお話があるんですけど、今いいですか?」と彼女から声を掛けられた。生徒会長に立候補したいと聞いていたが、その話かと思い聞いた。
「私とお付き合いをして下さい!勉強の合間で良いので、邪魔はしません。」
突然の告白に驚いて、僕はすぐに返事ができなかった。これから受験勉強に集中しようと考えていた矢先で、女の子と交際するなんて思ってもいなかった。しかし、彼女の真摯な態度と、勉強の邪魔をしないという配慮ある告白に心は動いていた。彼女の存在は、僕の心の中にも以前から巣食っていたが、どうせ相手にされないと思い込んであきらめていた所があった。高校時代を女気無しで過ごしてきたが、勉強の邪魔にならない程度に付き合えば問題ないと、僕は判断を下した。彼女の目を見て、付き合う事を承諾した。
交際している事は、生徒会の皆にはすぐに知れたが、放課後に話をしたり、一緒に帰ったりするだけだった。手もつないだ事もないし、触れあう事もないプラトニックな恋愛だったが、お互いに満足していた。しかし、勉強の妨げにならない様に意識はしていたものの、頭の中には彼女への思いが常にあった。寝る前には、彼女とキスをする自分がいて、彼女の裸体を想像する僕は、自ずと股間に手が伸びていた。
夏休みに、彼女を図書館に誘った。もちろん一緒に勉強するためだったが、彼女にそばにいてほしかったのが本音だった。帰りは彼女の家の近くまで送って行き、別れ難く家の前で長々と話し込む事もあった。ある日、彼女のお姉さんに見つかり、その場で注意された事があった。
それから数日後、彼女が僕を家に招待してくれた。家には大学生のお姉さんがいて、最初の印象とは大分違って見えた。どうやらお姉さんが気を遣って、僕を呼んだらしい。飲み物やお菓子を出してくれて、僕たちの話にも加わってくれた。そして、彼女の部屋に行った。もちろん女の子の部屋は初めてで、きちんと整頓されている部屋に見ほれていた。本もたくさんあって、読んだ本の感想や、好きな作家について話が盛り上がった。しばらくして、彼女が訊いてきた。
「柴嵜さんは、私のことをどう思っているか、聞きたいです!」
「どうって、杏さんといると楽しいし、教養がある素敵な女の子だと思ってる。」
僕は無難に交わしたが、訊きたい事はそうではないと気付いていた。
「そうじゃなくて、好きとか何とか、聞きたいのに!」
「そ、それを言わせるの?す、好きだよ!」
彼女にそこまで言わせる自分は、ずる賢いなと思った。
「それじゃぁ、キスとかはしたくならないですか?」
彼女はそう言いながら、唇で僕の唇に触れてきた。一瞬の出来事で、かすめたといった方が正解かもしれない。僕も彼女も初めてで、真っ赤になっていて、それ以上の事はなかった。それ以来、しばらく勉強が手に着かず、彼女の事ばかり考えていた。あの時、僕からもっとキスをした方が良かったかなとか、彼女は何を望んでいたのかなとか、経験の浅い僕には分からなかった。
杏の独り言
女の子の部屋に来て、何もしないで帰るつもりかな。陽介は女の子と付き合った事がないんだな。このまま放って置いたら、キスもできないよ。私だってした事ないから分からないけど、こっちから仕掛けるしかないか。
「キスとかはしたくならないですか?」と聞いた。返事がないけど、キスしちゃえ!恥ずかしい!真っ赤になってる!お返しのキスはして来ないのか。
最初のコメントを投稿しよう!