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真夜中
ゆっくりと沈んでいく感覚に身をゆだねていると、体全体が柔らかな何かの上に横たわったような気がした。
海底深くまで、沈んでしまったのだろう。
息をする気ももうなくなってしまった。
あとはだんだんと意識が小さくなって、ふっと消えるのを待つだけだ。
体は波に揺られて時々ひっくり返っているらしい。
砂を噛む感触、鼻から入った海水の塩辛さ。
子供のころに白波に巻き込まれて泣いた日の事を思い出す。
泥まみれの顔でどうにか立ち上がり、涙で前も見えないまま、母親の胸めがけて駆け出したのだったか。
そこまで思い出した時
最後に一つだけ試してみようという気になった。
あの子供の俺が波に錐もみされる中で本能のままに動いたようにしてみよう。
俺は足を出来る限り踏ん張った。
きっと初めて自分の足で立った時のように、天と感じた方向に体を起こし、不確かな感覚を信じて、全力を込めて。
「はぁっ」
足を最後まで突っ張りきると、不意に胸から上が空気に飛び出したのを感じる。
それと同時に咳をしながら海水を吐き出した。
まるで悶えるような、生まれたての赤子のように下手くそにしか息が吸えないけれど、それでも息が吸えた。
よろけながらも自分の足が地面についていることを感じて、少しこすってから目を開く。
息も絶え絶えな俺の前には大きな黒い影が聳えていた。それは海岸から数百メートル沖に浮かぶ、無人島の島影のように思えた。
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