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越冬
ビュウ、ゴウ、と音を立て、強風がコテージを揺らしている。漆黒の二重窓は室内をただ映しているだけだが、それでも吹き付ける雪が凍ってへばりついているのがよく分かった。
「ずいぶん吹雪いてきましたね」
ダイニングテーブルの上のカップ蕎麦を手に取りズズッと啜ると、浜瀬は窓に重なっていく雪を見てぽつりと呟いた。ガラスに映る自分と目が合う。間抜けな顔でもぐもぐと口を動かしている自分の向かいには、いつものように気怠い表情を浮かべる三ツ谷が映っていた。
「わりぃな。年越しまでこんな所で付き合わせちまって。どうせならキレーなネェチャンが良かっただろ」
とうにカップ蕎麦を空にしていた三ツ谷は、煙草に火をつけながらすまなさそうにそう漏らした。
「いえ、とんでもないす! 最後までご一緒させてください!」
ガタリ、と椅子から立ち上がって勢い込む浜瀬に、三ツ谷がふっと煙を吐き出して笑い、テーブルに置かれた熱燗を手に取った。
浜瀬が三ツ谷の護衛についてから、二ヶ月が過ぎていた。北海道へ渡ってからは、ひと月になる。
函館に降り立った浜瀬たちは、行き先を札幌へ定めていた。すすきのに組事務所を構える、井田という男が居たからだ。
函館から海沿いに室蘭を通り、一週間をかけ札幌へ辿り着いた。時間をかけたのは、できる限り足取りを掴み辛くするためだった。
井田は三ツ谷が警察官だった頃からの付き合いがある男で、その頃から随分と三ツ谷のことを買っていたらしい。どうにかして力添えをと算段をたて井田の事務所を訪ねた浜瀬たちだったが、井田は三ツ谷の顔を見るや、血相を変えて事務所の人払いをしたのだった。
「お前、この界隈でも随分と騒がせてるぞ」
人払いをしてもなお小声の井田は、札幌はまずい、と短く続けた。
「だが、アテはある。ここよりは不便なとこだが、その方が都合がいいだろう」
そう言うや、井田はどこかへ電話をかけ始めた。相手がご贔屓の不動産屋だと知ったのは後からだ。
その不動産屋のツテで用意してもらったのが、いま滞在しているコテージだった。網走は能取湖からほど近い林の中にある、古びたログハウスだ。内装は八畳ほどのリビングとキッチン、寝室が二部屋と簡素な作りをしているが、風呂とトイレも完備されていた。
確かに札幌と比べれば不便ではあるものの、小林の追っ手はいまだに血眼になって二人を探している。潜伏先としては申し分なかった。
「ついでに入ってくか、刑務所」
雪道は慣れていないだろうと、律儀にコテージまで送り届けてくれた井田は、帰り際に豪快に笑ってそう言った。流石に冗談が過ぎると思った浜瀬だったが、むしろその方が安全かもしれないとも感じていた。小林の刺客も、塀の中までは追って来れない。
むしろ何か――軽く傷害なり何なりを起こしてしまえば――そう考えたところで、三ツ谷と目が合った。いつも気だるげな瞳の奥には、鋭い光が宿っている。
――いや、ダメだ。俺は、この人を若頭に据えなきゃならない。その為のボディーガードだろう。
内心で大袈裟にかぶりを振るって、浜瀬は拳を握り締めた。
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