越冬

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「もうすぐ新年だな」  ふう、と三ツ谷が紫煙をくゆらせる。言われて時計を見てみると、零時までもう間もなくという時間だった。  部屋にはテレビもラジオも無い。自前のスマートフォンも、足がつくからと電源を切って久しい。唯一持っていた高級時計は、既に逃亡資金に変わっていた。  連絡用にプリペイドの携帯は用意していたが、今のところ、時間を知らせてくれるのは壁掛けのアナログ時計だけだった。  パチリ、パチリと薪の燃える音が静かに響く。  その音を聞きながら、浜瀬はお猪口の熱燗をぐいと煽った。  外は相変わらずの暴風雪だ。気温も氷点下に違いない。  コテージの暖房は古めかしい暖炉があるだけだったが、それでも十分に暖かかった。パチパチと音を立てて揺らめく炎を眺めていると、心が落ち着いた。とても逃亡中とは思えないほどに安らぐのだ。  寒冷地とは無縁だった浜瀬にとって、それが新鮮で、不思議だった。 「……三ツ谷さんと一緒だからか」 「あ?」  三ツ谷の驚いたような反応に、しまったと口を抑える。思っていたことが声に出ていたらしい。 「あっ、いや、何でも……!」  慌てて取り繕おうとしたその瞬間、バチンと音がして室内の照明が落とされた。  この天候だ。風か雪か、送電線がやられたのだろう。幸い、室内は暖炉の炎で多少灯りは取れている。 「一応、ブレーカー確認して……」  椅子から立ち上がり、三ツ谷を見遣る。  淡い炎の光を受けた三ツ谷の顔に、影が落ちている。  停電には構わない様子で煙草を口元に運ぶ三ツ谷は、男らしく、雄らしく、そして妖艶だった。  暗がりに、煙草の焦げる香りが広がっていく。  煙草を持つ無骨な手に紫煙が絡み、煙の向こうの端正な、それでいて野性味のある顔立ちに、えも言われぬ色気が漂った。  三ツ谷と視線が絡む。気だるげな瞳の奥には、やはり獲物を狙うような鋭い光が灯っていた。  ハッと息を飲んだと同時、三ツ谷がガタリと身を乗り出し、浜瀬の胸ぐらを掴んでグイと引き寄せた。 「んン……ッ」  突然に捩じ込まれた舌が、激しく口内をまさぐっていく。奥の奥まで絡め取られた舌はすぐに溶け、性感帯を刺激されているような心地良さが下肢にまで抜けていった。 「ふっ……は、みっ……つや、さ……」  限りなく至近距離で、三ツ谷が気だるく笑っている。 「明けたな」  ふっと笑う三ツ谷は、それでもまだ、浜瀬を離していなかった。 「……ッ」  カッと頭の中が沸騰したように感じられた。  浜瀬は三ツ谷の白いワイシャツの襟を両手で掴み、今度は自分の方へと引き寄せた。  パチリ、パチリと暖炉の音が聞こえる。  ゴト、と薪の崩れる音がして炎が踊り、重なった二人の影がゆらめいた。 ――お前、犬だなァ、三ツ谷の。  いつか小林に嘲笑された科白が脳裏を過ぎる。  いい。それでも、いい。  更に深く口づけながら、浜瀬は襟を掴む手に力を込めた。    飼い主が三ツ谷なら、忠犬にだってなれる。
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