その先にあるもの

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その先にあるもの

 北の海を渡る連絡船は、ザアザアと波をかき分けながら夜更けの海を進んでいる。  浜瀬(はませ)はデッキの手すりに身を預け、この男はいったい何を思っているのだろうと、隣で黒い海を見つめる男を盗み見た。  浜瀬は、指定暴力団の二次団体である切島(きりま)組に身を置くチンピラである。対して、隣に居るのは、その切島組で次期若頭と名高い三ツ谷(みつや)という男だった。  浜瀬と三ツ谷が北の大地へ向かう連絡船に乗ったのは、日付けも変わり丑三つ時を少し過ぎた頃だった。ここに来るまでには車を三回乗り換え、相当な手間と時間をかけて陸路を進んできている。 「とうとうこんなとこまで来ちゃいましたね」  浜瀬がポツリと呟くと、三ツ谷はどこか遠くへ視線を向けながら、長く息を吐き出し潮風に紫煙を混ぜた。 「いいじゃねぇか。蟹でも食おうや。ああ、いや、お前若いし、こってり系のラーメンとかの方がいいか」  言って気だるげに笑う横顔には、何の憂慮も無いように見える。  この男は、いったい何を思っているのだろう。  浜瀬はもう一度考える。  三ツ谷はいま、幹部組員である小林という男に命を狙われている。小林にとって三ツ谷は弟分であったが、その弟分が自分を差し置いて若頭候補と名を馳せているのが気に入らないようだった。  いつどこで刺客が襲ってくるか分からない。そんな状況にありながら、三ツ谷は常に平静だった。身を隠す為に逃亡を始めもうひと月になる。ボディーガードとして同行する浜瀬は、三ツ谷という男の事をもっと知りたいと思うようになっていた。 「……あの、三ツ谷さん」  湿気と潮気を孕んだベタつく風を受けながら、遠慮がちに呼びかけると、浜瀬の方へは視線を向けずに三ツ矢が答えた。 「なんだ、どうした」 「……どうして、極道(こっち)の道に入ったんすか」  それは、今までずっと、聞きたくても聞けない質問だった。 「そんなモンはくだらねぇ昔話だよ」  三ツ谷はまだ紫煙のくゆる煙草を暗い海へ投げ捨て、嘲笑を漏らした。 「聞いたところで面白くもなんともねぇぞ」  そう言われ、何も言えずに沈黙が降りる。 「だって三ツ谷さん、サツだったんすよね」  確信をつくその言葉は、どうしても口から出てこない。  やはり聞くべきではなかったと汗ばんだ手を握り締めていると、二本目のタバコに火をつけた三ツ谷が、ふいに口を開いた。 「……どこに居ても、同じなんだよ」  聞いたことの無い、乾いた、それでいて憂いを帯びた低い声に、ハッと息を飲む。 「も、裏切ったり裏切られたり。だったら、ハナっからこっちに居た方がまだ割り切れるってもんだ。なあ、そうだろ?」  こちらを向いた三ツ谷の視線は、これ以上無いほど冷たい諦めに満ちていた。 ――ああ。この人は、どんな時も平静でいられるようになってしまったのか。  ドッドッと脈打つ心臓をぎゅうと掴むように胸元を握り、浜瀬は泣きそうな顔を伏せて言った。 「裏切らないです。俺は、絶対、三ツ谷さんを裏切らない……ッ」  浜瀬の言葉に、三ツ谷が一瞬目を丸くして、それからフッと苦笑にも似た息を吐いて浜瀬の頭をくしゃりと撫でた。 「絶対なんて軽々しく使うんじゃねぇよ」  そう言って、自分が吸っていたタバコを浜瀬の口に咥えさせる。 「三ツ谷さ……」 「ごほーび、な。先に戻るぞ。ここんとこ、ろくに寝てねぇからゆっくり寝かせろよ」  気だるげな足取りで船室に戻る三ツ谷の後ろ姿を見送って、浜瀬は小さく呟いた。 「……絶対です、三ツ谷さん」  くゆらせた紫煙は、三ツ谷と同じ香りがした。 【一次創作BL版深夜の真剣120分真剣勝負】 【お題:くだらない昔話】
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