最初の部屋 その1

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最初の部屋 その1

 軽い吐き気にもやもやした夢を断ち切られ、私は噎せながら目を覚ました。  意識がはっきりするのを待って上体を起こした途端、私は「ここ……どこ?」と叫んでいた。    ――私の部屋じゃない。仕事場でもない。……アシスタントさんの仮眠部屋でもない。  私はベッドから降りると、室内を見回した。私が寝ていたのは調度がほぼないに等しい、異様な作りの空間だった。  ――確か、仕事が一区切りついた時に朝まで寝ようと自室に移動した……はず。  私は仕事をしている時に着ていた部屋着のままだった。ということは、仮眠中の私を誰かがこの奇妙な部屋まで運んできたということになる。 「そんな……ありえないわ」  私が仕事場兼住居にしているマンションは、私とアシスタントさん、それにマネージャーをしている父以外に知り合いはいない。担当編集者だってそう滅多には訪れないのだ。  となると答えは一つだった。ここは私のマンションではなく、私をここに運んできた人間も、私の身内ではない。  ――いったい誰が、なんのために?  私は部屋の中を、恐る恐るあらため始めた。広さは小さいビルのワンフロアをぶち抜いたような感じで、部屋の中央に柱とも小部屋ともつかない囲まれた空間があった。  ドーナツ型の奇妙な部屋は暗い色の壁紙で覆われ、私が目覚めたベッドもどこか古めかしさを感じる色調だった。  わたしは『柱』の脇を抜けてベッドがあった側と逆のスペースへ移動した。  こちら側には骨董品屋から買ってきたのかと思うような衣装箪笥とクラシックなライティングデスクがひとつ、あるだけだった。 「嘘……引っ越したばかりじゃあるまいし、こんなに何もない部屋って、ある?」  戸惑いつつ机の上に目をやったわたしは、無造作に置かれた人形を見てはっとした。  布製の、目を見開いたお世辞にも可愛いとは言えない女の子の人形は、私の生家にあった母の物とよく似ていた。 「プッコちゃんだわ」  私はその人形を『プッコちゃん』と呼んでいた。意味は特にない。私が幼少の頃から母が持っていたもので、家を出た十八歳の時まで毎日見ていた人形だった。 「どうしてこれがここに……」  人形を手に取った私は、ふと思い立って人形のお尻を見た。私がうっかりストーブの上に置きっぱなしにした時の焦げ跡がうっすらと見え、私はなぜかぞっとした。  ――やっぱり、これはうちにあった母の人形だ。……この人形がここにあるという事は、この部屋は……  私がある人物の顔を脳裏に思い描いた、その時だった。ふいに人形がぶるんと震えると、くぐもった声がお腹のあたりから聞こえ始めた。 「お目ざめかい、聖香(せいか)。これを聞いているってことは、そうなんだろうね」  人形の「声」を聞いた私ははっとした。これは――祖母の声だ。ということは、私をここに連れてきたのは、祖母だったのか。しかし――なぜ?
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