15人が本棚に入れています
本棚に追加
エピローグ 悪い魔法使いはまたどこかに
道具を広げた下に敷いた昨日の新聞の地方欄に、築百年近い建物が半壊という記事があった。そんな建物があったんだなあと見ていたら、美術担当の教師が「描けましたか?」と様子を見に来たので途中まで描いたのを見せてみた。
「色が混ざりましたね。面白そうだ」
老眼鏡の奥の目がきゅっと細くなった。
「葉桜って難しいんですね」
「世界は難しいものだらけですよ。気づいて怯んでも、描いてみるのが肝要です」
あと十分で終わりますから、切りの良いところで片付けまでしましょうね。
校庭に散り散りになっている他の生徒のところへ、教師は散歩でもするように歩いていく。
早々と片づけを終えた藤谷が隣に来た。
「上手いな……」
素直にありがとうと返して藤谷のを見せてもらうと、花びらの茶色くなった落ちた桜を描いていた。
「なんでこれ描こうと思ったの?」
「上を見るのは首が疲れるから」
僕もさっさと絵の具や筆を仕舞う準備にかかる。水入れで筆を洗っていると、藤谷も建物半壊の記事を見つけていた。
「それ見て初めてそういう建物あったんだなって知ったんだけど、藤谷知ってた?」
「ああ……まあ……」
濁すような返事だ。
「当分静かに暮らせるはずだ」
どういう意味かわからない。
授業が終わると昼休みになって、選択授業で別々になっていた好さんもやって来る。天気がいいので校庭の芝生の上にレジャーシートを敷いていた。藤谷が用意してきたものだ。
「一非くん昨日休んでたけど、体調は平気?」
「平気。ありがとう」
「メールしたりしないのか?」
「体調悪いときに返事考えるの大変でしょ?」
藤谷は納得してサンドイッチを食べる。具が色々入っているのがたくさん、大きなお弁当箱の中に詰まっている。これも藤谷が持ってきたもので、今日の三人の昼食だった。デザートにゼリーも用意されていた。ちょっと大きい荷物を今日は持っていると思ったらこれだ。
「これ藤谷が作ったの……?」
「いや、和足が」
「和足さんお料理上手だよね」
どんな人なんだろうか和足さんは。
「食べていいの……?」
「いい。食べろ。俺はそんなに食べられないから」
今日はお弁当を作るのが面倒で、購買に行くつもりだったからありがたかった。自分でお弁当を持ってきていてもこれは食べたい。
「いただきます」
チキンとトマトとレタスが挟んであるのを食べる。すごくおいしい。見た目からおいしそうだったし。お腹も空いていたし夢中で食べてしまう。
「二人ともたくさん食べられてすごいな……」
見ているだけでお腹が膨れていそうに藤谷は、サンドイッチは数個食べて早々にゼリーに手を付けた。本当に小食らしい。
「いいなおいしそう……」
いつの間にか逢が僕の後ろにいた。膝立になって顎を僕の頭に載せている。
「……出てきていいのか?」
「ちょっとくらいならいいでしょ。そうそう襲われるもんじゃないし」
「まあ、おそらく」
「俺だって楽しくお話したいんだよ。ねー好さん」
「久し振りだねえ逢くん!」
好さんはとにかく動じない。
「俺ってほとんど魔法みたいなものになっちゃったみたいでさ」
「そうなんだ。魔法って色々あるんだね」
「好さんさんは、変だなとか、思わない?」
「不思議だなとは思うけど。お母さんたちも魔法使いだからね、あんまり気にならないかな」
「そうなの?」
「そうなんだよ。意外と身近にいるものだね」
なんでもないことのように言うものだから、数秒遅れて、
「そんな、そこら辺に魔法使いっているものなの?」
「いるからいるんじゃないかな?」
「そういうもの?」
「そういうものなんだろうね。ね、英くん」
「俺? いるだろ」
「英くんは自分から教えてくれたもんねー」
「……待った」
「それって藤谷が小学生の頃から好さんのこと好きだったって話?」
「あ、一非くんには話したことないね」
好さんの目が輝く。
「話さなくていい。静かに食べてくれ。デザートもある」
「嬉しいことは人に話したくならない?」
「嬉しいことだったのか……?」
「そうじゃなかったら付き合ってないよ」
「あんなに流されてたと思ってたのに⁉」
「それなら余計に聞いておかなきゃ。あ、この卵のおいしい。逢、一口なら食べれそう?」
「食べる」
一口分を咀嚼して、やっぱり昨日みたいに逢は表情が変わらないままだった。一瞬見た目と結びついた味のようなものを感じるらしいけれど、おいしいかどうかまで判断できるほど味は感じられないのだと言う。
「僕はこれがおいしいんだ」
「ならいいものだね」
さて好さんの話を聞こうと思ったけれど、話していると昼休みは短い。続きは放課後にしようと約束する。
止まない雨はないし、明けない夜はないし、覚めない夢もないようだ。
魔法が使えても使えなくても、明日も隣に逢がいると信じている。
了
最初のコメントを投稿しよう!