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「借りてきた猫」って、言うほど大人しくないですよ。
いつでもどこでも、猫は自由気ままです。
気ままに女子高生として過ごして、気付けば年の瀬。
大晦日、1年C組の皆と神社へ初詣に行くことになりました。
神社は猫にとって格好のお昼寝スポットなので、行き慣れた場所ですが、参拝したことはなかったのでちょっとドキドキします。
神様、猫のお願いも聞いてくれるでしょうか。
そういえば、神社に行く前に、吉岡さんの家に女子だけで一旦集まることになっているのですが……。
一体、何でしょうか?
* * * * *
「おまたせ~」
人混みの中から呑気な声とともに、着物姿の人影が数人。
「ほらやっぱ着物で来てた。道理で女子全員遅いなと思ってたんだ」
「初詣くらい、別に私服で良いだろ」
待ち惚けを食わされた男子一同は口々に不満を垂らすが、
「何言ってんの。うら若き乙女が神様の御前に挨拶しに行くんだから、それなりの格好じゃないと失礼でしょ」
吉岡を始め、女子たちは意にも介さない。
「そうそう。今回は着物初心者もいるんだから」
そう言った田中の後ろからおずおずと現れたのは、黒地に牡丹柄をあしらった着物に身を包み、水引の髪飾りを付けて恥ずかしそうに俯く伊端珠であった。
「お待たせしてすみません。着付けって初めてで……吉岡さんたちに手伝ってもらっちゃって、遅くなってしまいました」
申し訳なさそうに頭を下げる、可憐な着物姿の伊端珠を前に、男子たちは揃って親指を立てる。
「全然大丈夫っす」
出店の立ち並ぶ参道をぞろぞろと進むC組一同。参拝客や出店の店主は一様に白い息を吐き、大晦日の夜に染まった空気を温めている。
「あ、あれ甘酒貰える所じゃん! 行こ~行こ~」
「参拝してからじゃなくて良いの?」
「参拝してからだと混みそうじゃない? 今ならまだあんまり並んでないし、あと男子たちは私ら待ってた分、手とか冷えてるんじゃないの?」
「待たせてた側が微妙な気遣いすな」
「はい、甘酒いる人手挙げて~。珠ちゃんはいる?」
「すみません、私は遠慮しておきます……」
「あ、ごめんそうだよね! 酒粕は……」
猫にはちょっときついよね、という言葉を飲み込むクラスメイト。
「いえ、酒粕は好きなんですが、ちょっと猫舌で……」
「あ、そっちか」
甘酒をすすりながら境内へ進む。
「来年って何年だっけ?」
「辛丑……丑年ですね。十干の八番目の丑年です」
「十干って何?」
「十二支と組み合わせて使われる数え方で、十干と十二支を合わせて本来は『干支』っていうんですよ。一般に浸透しているのは動物の名前だけですが……」
「みぃ」
「伊端さん、詳しいね」
「母に教わりました。そんな十二支の中に猫がいないのはとても寂し……気の毒ですが」
自分事として言いそうになり、慌てて言い直す伊端珠。
「あれでしょ、神様が十二支を選ぶ時に、鼠が猫を騙して十二支に入れなかったっていう」
「ああ、そういうお話もありますが……それ以前に、干支の考え方が始まった中国に当時、猫がいなかったからという説もあるみたいです」
「みゃあ」
「そうなの? っていうか十二支って中国由来なんだ」
「はい。それに今では日本だけじゃなくて、タイやベトナムといった外国にも十二支の考え方が広まっているんですよ。国によって数え方が微妙に違っていて、中には『猫年』がある国もあるそうです。行ってみたいですね~」
「うにゃお」
「珠ちゃん」
「はい」
「ごめん、参拝する前にその子たち何とかできる? 可愛すぎて気が散る」
気が付けば、参道を進む伊端珠の足元に、境内中の猫が寄り付いてきているのだった。伊端珠が困った顔で笑う。
「すみません……皆、顔見知りなもので」
「でしょうね」
参道の突き当りで年明けを待つこと、およそ10分。
「3……2……1!」
ゴーン……と近くの寺から除夜の鐘が響く。
「明けまして、おめでとう~」
C組一同、その場で回りのクラスメイトに仰々しく一礼。
「では、行きますかぁ」
参拝客の流れに従って階段を上り、思い思いの額の賽銭を投げ入れた後、二礼二拍手一礼。
「神様、どうか今年はクリスマス直前にドタキャンしたりしないまともな男に出会えますように……」
「田中、願い事が漏れてるし煩悩が多い」
「どうか今年は一年を通じて女装などせずに済みますように……」
「木村あんた、よっぽどトラウマだったのね……なんかごめん」
「えーと……今年は熱い飲み物を克服できますようにっ!」
「珠ちゃん、可愛いかよ」
参拝を終えた一同、おみくじ売り場へ向かう。
「俺、去年『半吉』っていうの引いたんだけどさ」
「何それ。人の名前?」
「なんか、吉と末吉の間くらいの運勢らしい」
「スーパー中途半端だな」
「今年は分かりやすい運勢出ると良いね」
「でも、半吉自体は凄くレアな運勢ですよ!」
「珠ちゃん、無理してフォローしてやらなくてもいいのよ」
「よし引くぞ……うりゃ!」
「今年はどうだ? 何吉だ?」
「凶だった」
「悪化してんじゃねえか」
めいめい、おみくじの結果に一喜一憂するC組一同。そのうち一人が首を傾げる。
「ねえ、この『友人』って項目、珍しくない?」
「思った。『恋愛』『学問』『健康』とかはまああるよなって感じだけど、『友人』って初めて見た」
「この神社オリジナルのやつなのかな……なになに、『友人:親しき中にも礼儀あり』……なんか戒められたんだけど」
「私は……『友人:情けは人の為ならず』……これどっちの意味だっけ。優しくしろってこと? するなってこと?」
「俺は……『友人:労われ』だって」
「1人だけ雑だな」
「珠ちゃん、どうだった?」
クラスメイトの問いにおみくじから顔を上げ、笑顔で応える伊端珠。
「秘密です!」
「ええ~可愛いかよ……」
「私、おみくじ結びに行きますが、皆さんどうされますか?」
「あ~私良くなかったから、結ぶ~」
「じゃあ俺も」
ぞろぞろと結び所へ向かう一同。
「結ぶってことは珠ちゃん、あんまり良くなかったの?」
「いえ、そんなことないですよ」
おみくじを結びながら明るく答える伊端珠。
「おみくじを結ぶのには、神様と『ご縁を結ぶ』という意味もあります。運勢の良い悪いに関わらず、神様を通じて今年も素敵なご縁があると良いなと私は思うので……結んでおこうかなと」
「へえ~……そう聞いたらなんか、吉でも結んどこうかなって気がしてきた」
「え~でもますます珠ちゃんの運勢気になるな~。何書いてあったの?」
「恥ずかしいので、秘密です」
「あ~さては『恋愛』だな。『想い人、じきに現る』とか書いてあったんじゃないの?」
「なにっ」
「それは聞き捨てならん!」
たちまち深刻な顔になる男子一同と、顔を赤くして慌てる伊端珠。
「ち、違いますよ!」
「じゃあ『縁談』の方? 『運命の相手、近し』な~んて」
「みゃうー」
「あーまた猫が寄ってきた! すみません、年が明けて境内の猫たちもテンション上がってるみたいで!」
「こーら、誤魔化すのよくないぞー」
「そうだ! その『運命の相手』とやら非常に羨ま……けしからん! どこのどいつだ!」
じゃれあいながら結び所を後にしていく伊端珠とC組の仲間たち、そして猫。彼女らの去った後には、結ばれたおみくじが風に吹かれて微かに揺れる。
伊端珠の結んだおみくじの端からは、一つの項目だけがかろうじて見える。
『友人:招かれるが如く集まり、関係円満』
彼女と、彼女の招いた沢山の人影(一部、猫影)が、参道の入り口へと去ってゆく。
1年C組の日々が、今年もゆっくりと明けてゆく。
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