エレベーター

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 紀行(のりゆき)がこのマンションに引っ越してきたのは一ヶ月前の五月のことだ。  職場のある都内にアクセスがいいということと、新幹線をつかえば一時間もかからないというのが決め手になった。  初めは新築で探していた。妻と小学生の子供二人を持つ紀行は、中古マンションだと既に人間関係が出来上がっていて、そこに入っていくのに抵抗があると考えた。  しかしタイミングよく新築物件はなかった。  中古物件の方が売る時を考えて値下がり幅が少ないという不動産屋の勧めで、中古物件も考えるようになった。  中層階以上がいいと妻に言われ、七階以上で探していると今の物件に行きついた。  エレベーターは二機。  最上階の十四階まではノンストップで十秒ほどで着く。八階の紀行の階まではもう少し早い。  入居の際左右と下の部屋の人に挨拶に行った。下の階の住人は仕事を引退した老夫婦で「小さいお子さんがいらっしゃるなら物音とか気にしないでくださいね。早めに寝てしまうので気になりませんから」と、寛大な言葉をくれた。  左隣も同じく老夫婦だった。耳が遠くて話すのがやっとだった。騒音などに関しては問題なさそうだ。  反対隣は子供と同じ小学校に通う同級生の佐藤さんの家だった。一人親のその家の子は一人っ子で、紀行の上の子と同じ四年生だ。紀行の子は二人とも男の子で、隣の家の子も男の子だった。  やはりマンションとなればそれなりに住人と出くわす。軽く挨拶をする程度の間柄が当たり前。  たまたまエレベーターを使うタイミングが一緒になると、箱の中でどこか息苦しさを感じる。紀行と子供二人ともう一人乗れば意識的にはもうぎゅうぎゅうだ。  タイミングが合いそうになると、あえてエントランスからゆっくり歩いたり、手前に設置してある集合ポストに逃げて、ポストを開けるのに手こずったフリをして、先に行かせることもしばしばある。定員九名というのは現実離れした数字に感じる。
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