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スツールから腰を上げて財布を取り出そうとした時、ぐらりと視界が揺れた。
あぁ、やっぱり酔っちゃったんだ、と頭のすみっこで思ったのと同時に、「危ないっ」と慌てたような声が耳に届いた。
気づくと、私は満島さんの腕の中にいた。どうやら抱き止められたらしい。洗い立ての石鹸のような香りが鼻腔をくすぐる。
「…動いたから酔いが回っちゃったみたいだね。大丈夫?」
「す、すみません。もう平気です…」
落ち着く香りのはずなのに、なぜか鼓動が止まらない。
悟られないうちに離れよう、と胸を軽く押した。のだが。
「…っ!」
「可愛いね、ピアス」
耳たぶをふに、と触られて思わず息をのんだ。
長身の満島さんからすれば、私の背丈は子供サイズ。
耳に触れることなど造作もないことだろう。
何らかの意図を持った指先に、これ以上ここにいては危険だと感じた。
少し力を込めて満島さんの胸を押して、今度こそ腕の中から脱出する。
「足りますよね、これで」
財布から何枚かお札を掴んで、カウンター上に置いた。
「お釣りは真子が来た時にでも預けて下さい。ごちそうさまでした。おやすみなさいっ」
心拍数が上がるのを自覚しながら、口早に言うと急いで店を後にした。
ドアを閉める瞬間に「また来てね」と聞こえた気がしたけれど。
からかわれると分かってて、みすみす手中に落ちるようなことをするわけにはいかない。
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