冬木柊翠(しゅうすい)は愛されたい

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「わあー!桜田くんの家広ーい!」 「いいからさっさと上がれよ。」 桜田くんの家はオートロック付の高級マンションの最上階だった。 部屋もいくつもあったし、窓から見える都会の景色は最高だった。 「ねえ桜田く~ん、僕のど渇いた~。」 「だー!ひっつくな!なんか持ってきてやるから!」 桜田くんの背中に抱きつくと、桜田くんは振り払って台所に引っ込んでしまった。 まあいいや。夜はこれからだし 約束通り僕は何もしない。 でも僕と一晩いて手を出さずにいられるかな? 口もとを手で抑えてくくくっと笑うと桜田くんが飲み物を持ってきてくれた。 「ほら、りんごジュース。」 「えっ、なんで君僕の好きなジュース知ってるの?」 「そ、それは、昨日自由行動で飲んでただろ!」 「ああ、そういえばそうだね。」 納得するとグラスに入ったりんごジュースをこくこくと飲んだ。 桜田くんは何故か顔を赤らめてサイダーを飲んでいる。 そんな風に場面あったかな?つくづくよくわからない人だ。 僕はおもむろにテレビをつけると、昼ドラの濡場シーンが流れたので桜田くんはブーッとサイダーを吹き出した。 「うわっ、桜田くん汚いなあ。」 「こ、こんなもん急に流されたらこうなるわ!!」 これぐらいで顔が真っ赤になるくせになんで僕の誘いを断るのかな?EDでもないのに とはいえこれはチャンスだ。僕は上目遣いで桜田くんを見やる。 「桜田くん、僕ドキドキしてきちゃった……」 「はあ!?」 「桜田くんが相手してくれたら、収まる気がするなあ……」 手を膝の上で組みながら様子を伺う。 これはもう押し倒すだろう。後はなし崩しだ。 しかし桜田くんはテレビをバチンと消してしまった。 「そういうのなしっと言っただろ!」 「えー、僕は手を出してないから約束破ってないよ?」 「上目遣いもなし!!」 「桜田くん注文多い~」 「お前が自由すぎるんだよ!!」 「はいはい、じゃあ僕は晩御飯の支度でもするよ。」 ぶすくれながら台所へ向かう。 今のは完全にセックスの流れだっただろう。 僕がいいって言ってるのになんで桜田くんは怒るんだ。 でも僕のことが嫌いなわけでもないみたいだし、本当にわけがわからないな。 買ってきた食材を出しながら、僕は悶々と考えていた。 「美味い……。」 「そう?喜んでもらえて良かった。」 献立は肉じゃがに味噌汁に焼き魚と、男子高校生の胃袋を満たしつつ家庭的アピールが出来る献立にした。 昼間もそうだったけど、桜田くんは本当に美味しそうに僕のご飯を食べてくれる。 お父さんは僕が何を作ってもまずそうにするのに。 そんな桜田くんを見てると、セックスしてないのに心が満たされる気がした。 「おかわり。」 「はいはい。」 空になった桜田くんの茶碗にご飯を盛りつける。 「はい。」 「ありがとう。」 僕が誘った時より桜田くんはずっと嬉しそうにしていた。 そんな桜田くんの顔を眺めていると、口の横にご飯粒がついてるのに気づいた。 「ついてるよ」 ご飯粒をひょいとつまむと、僕は口の中にそれを運んだ。 「そ、そ……」 桜田くんの顔はまた真っ赤になる。 「そういうのなしって言っただろうが!!」 「えっ?ああ、そうだね。ごめん」 僕は自然と謝っていた。 「あれ?今お前そういうつもりだったんじゃないの?」 「うん、僕でもよくわからないんだけど」 追い出す?と聞くと桜田くんの首を振った。 「そういうつもりじゃないなら、いい。」 「そう、良かった。」 良かった?何が良かったんだろう? 再び食卓について考えを巡らせたが、よくわからなかった。 そうこうしているうちに食事が済んだ。 「あーお腹いっぱい。ごちそうさま。」 「お粗末様でした。」 桜田くんは手を合わせると食器を片付け始めた。 「いいよ、僕がやるよ」 「駄目、お客さんにそこまでさせられねえよ。」 半ば強引に片付けると、桜田くんは台所で食器を洗い始めた。 僕はごろんと広いソファに寝転がる。 「今までこんなことしてくれた人いなかったなあ……」 お父さんも今まで付き合ってきた人達もみんなに目当ては僕の体だ。それ以外で優しくするとしたら僕としたいから。 でも桜田くんはそうじゃないのに僕に優しくしてくれる。変なのとは思っても、それが何故かとても心地よかった。 食べたら眠くなってきて、僕はそのまま意識を手放した。 「……きろ。起きろ。」 「ん……?」 ゆさゆさと揺さぶられる感覚で目を覚ますと、パジャマを着て髪の毛からまだ水滴が滴ってる桜田くんが目に入った。 「そのまま寝ると風邪引くぞ。風呂入れ」 窓の外を見ると寝る前はまだ明るかった街がすっかり暗くなってネオンが光輝いていた。 「起こしてくれてありがとう。お風呂借りるね」 あくびを手で押さえながらお風呂場に向かう。 その時、何故か桜田くんの視線を背中で感じた。 「どうしたの?」 「いや、お前のことだから覗かないでよ?とか言うと思って……」 「桜田くん僕のお風呂覗きたかったの?」 「そうじゃねえよ!!」 冗談はさておき、そんな考え全くなかったな。 最初は桜田くんを誘惑して僕を馬鹿にした仕返しをするはずだったのに、なんかどうでもよくなってきたし。 眠くて頭が働かないだけかな? 考えるのも面倒くさくて、僕はお風呂場へ向かった。 「わ、悪い!寝巻きのこと考えなくて……」 「別にいいよ。桜田くんが服貸してくれたし。」 「でも、ぶかぶかじゃねえか……」 着替えを持ってこなかった僕は桜田くんのパジャマを借りた。 とはいえ桜田くんは普通の人より大柄だから、標準より細身の僕にはサイズが合わなくてぶかぶかだった。 袖は余ってるし、胸元ははだけてる。 「お、俺ソファで寝るから、お前ベッドで寝ろよ」 「なんで?一緒に寝ようよ。」 「だ、だからそういうのはなしだって…!」 「僕は何もしないよ?それなら問題ないじゃない」 僕の言い分にしぶしぶ納得すると、桜田くんは一緒にベッドに入って電気を消した。 こうしてただ誰かと一緒にベッドに入ったことなんてあったっけ でもなんだか、桜田くんの体温が心地よくて、安心する。 うとうとしていると、桜田くんがなあ、と声をかけてきた。 「その、手、つないでいい?」 「うん?」 「な、何もしねえから!本当にただ、お前と手え繋ぎたいだけだから」 「いいよ」 僕は言うより早く桜田くんの手を握った。 「……さんきゅ」 「桜田くん、嬉しいの?」 「ああ、今すっごく幸せ」 「そうなんだ」 変なの、と思ったが、桜田くんと握った手から伝わる温もりに胸が暖かくなった。 桜田くんも今こういう感じなんだろうか。 「なあ、お前の父ちゃん、いつまでいねえの?」 「うん?明後日までだけど」 「じゃあさ、それまで俺んちから通えよ!」 「え?」 「ほ、ほら、お前メシ作るの上手いし、お前が教えてくれたら、俺も自分で料理出来るかなって」 「別にいいよ。」 「ま、マジで!?やったあ!」 何がそんなに嬉しいんだろう。 一人で喜ぶ桜田くんを尻目に僕は深い眠りについた。 誰かと何もせずに朝を迎えたのは初めてだと気づいたのは、次の日の朝だった。
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