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周平は足跡を辿って歩き出した。 アスファルトの坂道をまっすぐ海へ下っている。 この冷えた夜に、こうもずぶ濡れで海へ行くとはどこの誰だと疑問に思った。 周平の故郷は隣近所まで顔見知りの港町だが、 少なくとも知り合いにこんな馬鹿はいない。 ──昔ならともかく。 年齢一ケタのガキだった頃なら、 周平もよくずぶ濡れのままこの坂を走った。 下りきった先の漁港は親父の仕事場でもある。 一度、冬の海への飛び込みが仲間内の度胸試しとなった時、見つけた親父が遠方からどやしつけてきたことがあった。 『何しとんじゃあぁ、冬の海でえぇ!』 (いかづち)のごときその声に周平達は一人残らずびびり倒し、一目散にこの坂を逃げ帰ったのだ。 アスファルトに点々と濡れた足跡をつけて。 びゅうと風が吹き、 周平は褞袍の前を押さえつける。 坂の終わりに資材小屋が影のように建っている。 繋がれた漁船の半身を黄色灯(おうしょくとう)が照らし出す。 夜陰に波の音が転げて、 曇った空は海との境界線すらない。 濡れこんにゃくのような足音はいつの間にか消えていた。 周平が足を動かす度、 つっかけたサンダルがぱたぱた響く。 いつも暗いうちから動き出す漁港も、 元日では人っ子一人いない。 いや、いるはずだった。 ここまで追ってきた足跡の主が。 漁船が並ぶ海岸を黄色灯の明りで歩く。 足跡はてらてらと濡れ光って、 船の切れ間に向かっている。 追って歩く周平も船の陰に回り込み、 そこでぴたりと立ち止まった。 磯の匂いと波の音。 目の前はただ海だった。 え、マジ? となった周平は、 とっさに褞袍からスマホを出した。 バックライトを白々灯して海面に向ける。 深夜の海はスマホごときでは照らし切れず、 暗闇に波音ばかり響かせる。 おいおいシャレにならねぇやつか?  と薄ら寒くなったところで、 地に着いた手がごりっと何かを転がした。
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