2人が本棚に入れています
本棚に追加
周平は足跡を辿って歩き出した。
アスファルトの坂道をまっすぐ海へ下っている。
この冷えた夜に、こうもずぶ濡れで海へ行くとはどこの誰だと疑問に思った。
周平の故郷は隣近所まで顔見知りの港町だが、
少なくとも知り合いにこんな馬鹿はいない。
──昔ならともかく。
年齢一ケタのガキだった頃なら、
周平もよくずぶ濡れのままこの坂を走った。
下りきった先の漁港は親父の仕事場でもある。
一度、冬の海への飛び込みが仲間内の度胸試しとなった時、見つけた親父が遠方からどやしつけてきたことがあった。
『何しとんじゃあぁ、冬の海でえぇ!』
雷のごときその声に周平達は一人残らずびびり倒し、一目散にこの坂を逃げ帰ったのだ。
アスファルトに点々と濡れた足跡をつけて。
びゅうと風が吹き、
周平は褞袍の前を押さえつける。
坂の終わりに資材小屋が影のように建っている。
繋がれた漁船の半身を黄色灯が照らし出す。
夜陰に波の音が転げて、
曇った空は海との境界線すらない。
濡れこんにゃくのような足音はいつの間にか消えていた。
周平が足を動かす度、
つっかけたサンダルがぱたぱた響く。
いつも暗いうちから動き出す漁港も、
元日では人っ子一人いない。
いや、いるはずだった。
ここまで追ってきた足跡の主が。
漁船が並ぶ海岸を黄色灯の明りで歩く。
足跡はてらてらと濡れ光って、
船の切れ間に向かっている。
追って歩く周平も船の陰に回り込み、
そこでぴたりと立ち止まった。
磯の匂いと波の音。
目の前はただ海だった。
え、マジ? となった周平は、
とっさに褞袍からスマホを出した。
バックライトを白々灯して海面に向ける。
深夜の海はスマホごときでは照らし切れず、
暗闇に波音ばかり響かせる。
おいおいシャレにならねぇやつか?
と薄ら寒くなったところで、
地に着いた手がごりっと何かを転がした。
最初のコメントを投稿しよう!