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え、と思うと同時に、横にぬっと気配が立った。
「兄ちゃん」
がらがらと低い声がして、
周平は「うおぉうっ!」と叫んだ。
スマホが落ちて、カンッと高い音が鳴る。
周平の脇にじいさんが一人立っている。
「……火、あるか」
じいさんは周平の動転ぶりを意に介さず言った。
ほっかむりをしていて顔が見えない。
半身が船の陰に埋もれている。
「……火? ねぇよっ」
びびってのけぞった姿勢のまま、周平は答えた。
足下に暗い波が打ち寄せる。
微動だにしないじいさんは頭だけ少し持ち上げた。
「ねぇのか」
ただの音のような、単調すぎる声である。
「……ねぇよっ」
「… そうか」
周平が返事を絞り出せば、
じいさんはあっさり背を向けた。
一歩、二歩、重たい足取りが黄色灯の中を行く。
ぺしゃりとかすかな音がして、
濡れた足跡が後につく。
あっさり離れられたことで、
周平は少し気が抜けた。
じいさんの背中に今度は自分から話しかける。
「このマッチ、じいさんのか」
足音が止まる。
「…火、いんの? なんで」
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