【ホラー短編】キリンの首は花束

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 タクシーの運転手をしていた私はある冬の夜、横浜で拾った客にナイフで脅され、現金を盗られた挙句、手足を縛られてトランクの中に押し込められてしまいました。  強盗の男は背丈が高く、腕力もありましたが、思い詰めた瞳の奥に揺らぐ光はことのほか繊細で、とても人を傷つけられそうには見えませんでした。  人を殺してでも金を奪いたいのなら、もっと稼ぎの良い場所があるでしょうから、少なくとも殺されることはなさそうだと胸をなでおろしながら、私はトランクでじっとしていました。  まったく怖くないわけではありませんでしたが、生きている人間よりも恐ろしいものを何度も乗せてきた私にとっては常識の範囲内の出来事に過ぎませんでした。  それよりも犯人の男と一緒に乗ってきた女がこれから何をするのかが気になりました。  乗せたときに若干の違和感がありましたが、私が刃物を突きつけられている最中も下を向いたっきり何も反応しない女を見て、これはこの世のものではないと確信しました。  そして、女の姿が男に見えていないことも。  女を後部座席に、私をトランクに乗せて、男は横浜の街を走っていきます。  ドライバーとしての土地勘がありますから、周囲の物音で国道16号を北に向かっているようだと分かりました。  タクシーが走り出して30分経っても何も起きませんでした。  ちょうどトランクに忍ばせておいたナイフでビニール紐が切れたので、窮屈な体勢ながらも、スマートフォンからドライブレコーダーにアクセスしてみようと思い立ちました。  口に塞ぐ不快なガムテープをゆっくりとはがしながら、取り上げられずに済んだ私用のスマートフォンを内ポケットから取り出し、アプリを起動します。  もちろん、優先すべきは脱出と警察への通報だったのですが、私には他人のうろたえた姿をのぞき見するという悪癖があり、その衝動を抑えられなかったのです。  子どもの頃から人智を超えたものが見えた私は、あやかしの出る場所に大人や友だちを連れていって反応を楽しむのが大好きでした。  一度、同じ団地に住む友だちを、首の上半分が花束になったキリンがうろつく公園に置き去りにしたことがありましたが、彼女はその日から行方不明になりました。  二人でどこで遊んでいたのか、誰か不審な人物は見なかったかと大人たちから散々追及されたのは苦い思い出です。  そんな私のスマートフォンの画面に映し出されたタクシー内の光景は、目を疑うものでした。  後部座席の女は相変わらず同じ格好で座っていましたが、強盗の男は助手席の方に向かって仰向けに倒れ、ピクリとも動きません。  シートベルトのおかげでかろうじて座席から転げ落ちずにいるといった様子です。  誰も触れていないハンドルが道路のカーブに合わせてくるくると回っていました。  見えない力で操られたタクシーが夜闇を疾走していきます。  女は私をどこに連れて行こうというのでしょうか。  そこがもし、人間が生きたまま行くことのできない場所だとしたら......  ねっとりとした恐怖感が胃の底から湧き上がり、私を包み込みます。  警察に通報しようとダイヤル画面を開いた瞬間、スマートフォンの電源がプツンと切れました。  液晶パネルの残像が暗闇でゆらゆらと踊ります。  まるで幼い頃に犯した罪が音もなく迫ってくるようです。  震える手で電源を長押ししても、端末は息を吹き返しません。  トランクを内側から開けるためのワイヤーを力いっぱい引っ張っても、びくともしません。  手元に置いたはずのナイフを探りましたが、忽然と消え失せていました。  彼女は今この瞬間、暗闇の中で震えている私の顔を手に取るように見えているに違いないと思った時、私は総毛立ち、吐き気がこみ上げました。  タクシーは中央道に乗って更に加速します。  どこに連れていかれるのだろう。  何が目的なのだろう。  殺すだけなら、この車で事故を起こせば済むことだ。  そうではないとすると、目的の場所があるはずだ。  そこで自分はいったい何をされるのだろう。  他方もない量の想像が一気に頭に押し寄せ、時間の感覚がなくなり、車がどこを走っているのか全く分からなくなりました。  寒い。  寒い。  こごえるほど寒い。  足の先の感覚がなくなり始めた頃、震える手で握っていたスマートフォンのディスプレイが突然ぱっと明るくなり、凍りつくような闇に一縷の望みを見出した私の心を完全に打ち砕きました。  画面に映し出されたのは、子どもの頃、あやかしの居場所に置き去りにした少女。  彼女がドライブレコーダー越しに目を見開いて、笑いながら私のことを見ているのです。  瞳の中には愉快の色。  手元にはあの日キリンの首から生えていた血みどろの花束。 「これ、あなたのために摘んだの」  心の中に彼女の声がしました。  ああ、これは復讐なのだ。  もう助からないのだ。  そう理解しました。  画面の中で笑う彼女に、私は呪詛のようにごめんなさいを繰り返しました。 「それなら、みんなの前で懺悔をしないとね」  彼女がそう言うと、スマートフォンに文章を打ち込むフォームが現れました。  ここに自分の犯した罪を告白しろというということなのでしょう。  だから私は今、ゆっくりと体温が奪われていくタクシーのトランクで、この文章を書いています。  いつまで書いていられるか分かりません。  美奈ちゃん、ごめんなさい。  書き続けることが、私からあなたへの贖罪。  ごめんなさい、ごめんなさい、ご」めめんさささあ「「れ縺斐a鄒主・医■繧?s縺斐a繧薙↑縺輔>鬥也┌縺励す繝槭え繝槭?縺?k蜈ャ蝨偵↓鄂ョ縺榊悉繧翫↓縺励※險ア縺励※縺上□縺輔>繧
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