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もしも目の前のおしぼりをダイナマイトだと僕が思い込んでいるとしたら、その時間がくればどうなるのだろう。って、暗示にかかれば冷えたスプーンでも火傷を負うのだから、推して知るべしだ。
「いやいやいや。それって危ないんじゃないの?もしも爆発したらさ、僕はもちろん君だって怪我することになるぞ。いやそれだけじゃない。この店だってただじゃ……」
はるかさんが右の手のひらをこちらに向けたので口をつぐんだ。彼女はにっこり微笑むと、
「あのね。これは私があなたにかけた暗示なのよ。このおしぼりが実際に爆発するわけじゃない。あなただけが、爆発したと思い込んで吹き飛んじゃうわけ」
そうだ。そうだった。暗示にかかっているのは僕一人。他の人にはただのおしぼりだ。それならこのおしぼりが……ダイナマイトがない場所へ逃げればいいんじゃないか?
そう思い立ち上がった僕の意図を察したのか、彼女は短く無駄よと言った。
「さっき言ったでしょ。筒状のものなら何でもダイナマイトだと思い込ませたって。ここを出たところで、筒状のものがあればあなたにとってはそれがダイナマイトになり、5分後には爆発するの。私が暗示を解かない限りね」
ステンレスボトル、スティックのり、トイレットペーパーの芯……この世に筒状のものはいくらでもある。体の力が抜け、へなへなと椅子に座るしかない。
「でもなんで?どうしてそんな暗示を僕にかけたんだよ」
「やっと本題に入れるわね」
はるかさんはテーブルの上の珈琲カップを片側に寄せると、バッグから取り出したノートパソコンを置いた。それを開き、こちらに向ける。そこには見覚えのある画像が映し出されていた。僕が勤務する会社の、機密情報にアクセスするための認証コード入力ページだ。
「これ、どうやって?」
「ここまでハッキングするのは簡単なのよ。でもこの先に進むのがやっかいでね。こうなったら直接入力させたほうが手っ取り早いと思って」
「まさか、そのために僕に近づいたのか?」
「当たり前でしょ。でなきゃあなたみたいなブスと仲良くなんかならないわよ」
見てくれが悪いことは自覚していたけど、こう面と向かってはっきり言われると傷がつく。へこむ僕を気に留める様子もなく、はるかさんは話し続ける。
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