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なんてことだ。まんまと機密を盗まれてしまった。いや待て。今なら取り返せる。暗示は嘘だったのだから僕が爆死する心配もない。相手は女だし、力ずくでなんとかなるかもしれない。
急いで会計を済ませ、彼女のあとを追った。ところが、すでにその姿は人ごみにまぎれて見えなくなっていた。
「あなたが彼と同席していたという方ですか?」
刑事の問いに、50代半ばの男は緊迫した面持ちで肯いた。
「はい」
「彼とはどういったご関係で?」
「職場の上司です」
「ということは、仕事帰りにここへ?」
「いいえ。今日は休みでした。でも彼から電話がかかってきまして。なにか急ぎ相談したいことがあるとかで。まあちょうどいい時間だったので、飲みながら話を聞こうかということになって、この居酒屋に来たんです」
「相談?どんなことだったのでしょう?」
「それが、そこまでは。本題に入る前に、突然……」
「死んでしまわれたと」
「はい」
「そのときの状況をお聞かせ願えますか。どんな些細なことでもいいので、できるだけ詳しく」
「えーっと……。まず店員さんに案内されて席について、おしぼりを出されたので手を拭いて、それから注文しました。しばらくしてお酒が運ばれてきて、乾杯して、さあこれからというときに、いきなり彼が椅子から激しく転げ落ちたんです。最初はなにかの冗談かと思って見ていたんですよ。ところがピクリともしないもので、心配になって抱き起こそうとしました。そうしたらもう死んでいて。おまけに体はまるで爆発にでも巻きこまれたかのようにぼろぼろで。もうなにがなんだかわかりません」
刑事はその話を聞きながら二人が座っていた席に視線を移した。
テーブルの上にはビアジョッキと、筒状に丸められたおしぼりがあるだけだった。
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