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第5話 あふれる想い
私が抱えてきた血液製剤は、優先的に康太に使われ、残りは他の怪我人にも回された。
おかげで、たくさんの命が救われたと病院から謝意を伝えられたけれど、そんなの、康太を救ってくれたんだから、それで十分。
翌日、目覚めた康太は、学校帰りに見舞いに行った私の顔を見るなり、こう言った。
「智恵美、無事か?」
康太は、私をかばって下敷きになったから怪我をしたのに、まだ私を心配してくれるの?
私は、康太が目覚めたことも、康太が私を心配してくれたことも、嬉しくて、嬉しくて、
「無事に決まってるでしょ!」
と言ったきり、涙がこぼれて何も言えなくなってしまった。
よかった。ほんとによかった。
「智恵ちゃん、おばさん康太の着替えを取りに帰りたいんだけど、ちょっとここ頼んでいい?」
そばにいた康太のお母さんがそう言った。
おばさん、昨日、慌ててここへ駆けつけてから、心配でずっとここにいたもんね。
「大丈夫ですよ。私、ついてるので、ついでにお洗濯とか家のこともやってきてください」
私の言葉を聞いたおばさんは、安心したように病室を後にした。
「智恵美が助けてくれたんだって?」
康太は横になったまま私を見上げて言う。
私は慌てて首を横に振った。
「違うよ。康太が私を助けてくれたんだよ。私のせいで康太にこんな大けがさせちゃって……」
ほんと、なんて言っていいか……
「智恵美のせいじゃない。それに智恵美が無事ならそれでいいんだ」
そう言った康太は、息が苦しいのか、大きく深呼吸をする。
「俺、はっきり分かったんだ。誰よりも智恵美が大切だって」
康太?
「智恵美、好きだ」
う…そ……
真剣な目をした康太は、ふざけているようには見えない。
「智恵美は? 俺のこと、どう思ってる?」
康太に見つめられて、止まりかけた涙が、またあふれた。
「好き。康太が好き」
思いがあふれて止められない。
一生、結婚はしない。だから、この想いは伝えないって決めてたのに……
康太が布団から手を出した。
「智恵美……」
点滴の管が繋がっていないほうの手を、私はそっと握った。
「熱い……」
康太の手は驚くほどあたたかかった。
「大けがの後だからな。多少の発熱はするさ」
康太は事もなげに笑ってみせる。
康太が好き。
今回のことでそれがよく分かった。
私たちが結ばれることは永遠にないかもしれない。
それでも、私は今、康太と一緒にいたいと思う。
例え、今だけだとしても、この想いを大切にしたいと思う。
─── Fin. ───
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