1・白いホスピス

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「……ひとつ、聞いていいかい? 紗代さんって何歳?」  コーヒーカップで手を温めながら、陽樹は永井に向かって身を乗り出した。今永井から聞いた話によれば、貴種の外見年齢と実年齢は青年以降は一致しないということだ。彼女は見た目だけなら成人するかしないかくらいの年齢に見えたが、そうとは限らない。 「紗代は、大体五十歳だな。年齢が推定でしかないのは、ここで生まれたわけじゃないからなんだ。  そうだな、紗代こそがこのラボの現在の存在理由で、過去に存在した他の貴種はもはやデータという価値でしか存在しない。あいつのことを、俺が知る限り話そう。長い話だから覚悟しろよ」  泥水コーヒーを飲み下してカップをテーブルに置くと、永井は長い指を組んで遠い目をした。  貴種などという呼び名をつけながら、ヒトは彼らを迫害した。  同じ姿でありながらあらゆる点で優れた貴種をヒトは恐れたのだ。年を取らずに若く美しい姿のままで生きる彼らは、神のように崇められたケースもあるが、多くは恐れられ、避けられた。  貴種が人と同じか、少し劣る程度の繁殖力を持っていれば、世界は彼らの物になっただろう。しかし数が少なければ、個々がどれだけ優れていても争えば負ける。やがて彼らの大半は人を避けて寄り集まり、ひっそりと暮らすようになった。中には人に交じり、居を転々としながら過ごした者もいるが、ごく少数だった。  人里から離れたところで生活しても、必要とする物はヒトと変わらない。食べていくためには作物を作るか狩るか(あがな)うかしなければならず、人手の少なさはそのまま生産性の低さに繋がった。故に、彼らが完全にヒトとの交流を断ち切ることはできなかったのだ。  そして里が見つかることもあった。美しい者だけが暮らす隠れ里は、ある者には桃源郷のように思われ、また別の者には()()の如きあやかしが住む地と恐れられた。――そして、そういった一部の人間の恐慌によって村は焼かれ、貴種は追い立てられた。  常に怯えながら暮らすことに疲れ果てた彼らは、近代になってからとうとう逃げることをやめた。
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