1・白いホスピス

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 それは文明開化の花咲き乱れた明治時代のことであり、貴種はヒトとは違うその長寿の仕組みを研究させるのと引き換えに権力者の保護を得た。不老長寿は金と権力を握った人間にとっては永遠の命題であり、貴種はその身をなげうち、自ら検体となることで安住の地を得たのだ。  貴種の支援者はそれなりにいたが、中でも中河内財閥は医療部門を立ち上げてまで積極的に彼らを支援した。変わり者であることで有名だった中河内の当主が、貴種に深く同情して財を割いたらしい。初めは中河内の別荘などに分かれて住んでいた貴種が、この地に新しく作られた研究所兼住居に居を移したのがおおよそ百年前。  それから現在までの間に戦争があり、財閥解体があり、当主も何度も代を替えたが、幸いなことに程度の差こそあれ中河内は常に貴種の良き友人だった。建前上は現在の研究所も中河内製薬の持ち物である。  しかし、徐々に数を減らしていた貴種は、安住の地を得た途端に急激に絶滅へと向かった。数が減り、長年に渡って近い血を重ねざるを得なかった弊害もあっただろう。百年の間に生まれた子供はたったひとり。その上、若い者ほど長生きしなかった。人間と愛し合った末に子をもうけた女性もいたが、生まれた子供からその先へと血は繋がらない。  あるいは、過酷な生活から解き放たれて、安堵のあまり力尽きた者もいたのかもしれない。六十年前には貴種は僅か六人まで減っていた。  そして、事件は起きた。ここで生まれたもっとも年若い青年と、その叔母に当たる二番目に若い女性が研究所から逃げ出したのだ。  若い者ほど危険はないはずの生活に閉塞感を感じていたのだと、周囲が気づいたのはふたりがいなくなってからのことだった。  捜索の甲斐もなくふたりの行方はわからず、十年後に幼い貴種が保護された。  それが紗代――手に手を取って逃げたふたりの貴種の間に奇跡的に生まれた少女だった。
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