1・白いホスピス

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 貴種の彼女と陽樹は初対面だ。なのに、ふたりとも不思議な気持ちに捕らわれている。会ったことがないのは間違いない。こんな美貌の持ち主を忘れるわけがなかった。 「貴種じゃない、の?」  陽樹が手を伸ばせば抱きしめられそうな距離まで近寄って、紗代は陽樹を見上げてきた。先ほどの様子がピエタだとしたら、今の彼女の題は『戸惑い』だ。期待と不安が入り交じった目が陽樹をみつめている。 「ごめん」  気がついたら謝っていた。陽樹が人間なのは陽樹が悪いわけではなく、謝ることではないはずだ。なのに、すがりつくような紗代の言葉に、彼女を失望させることが悲しくなったのだ。  みるみるうちに、紗代が落胆して肩を落とした。本を置き去りにしたベンチへと無言で踵を返した紗代を、陽樹は思わず引き留めていた。 「なに」  肩を掴まれた紗代が振り向く。一瞬前の迷子のような心許ない様子は消え失せていて、人が近づくのを拒む空気が彼女を取り巻いている。 「寒いだろう? 中に入らないか」 「寒くてもいい。ここにいる」 「風邪をひいてしまうよ」 「どうでもいい。それに風邪なんてひかない。人間より丈夫だから」  紗代が陽樹の手を払いのけた。それは決して荒々しい動きではなく、肩に止まった蝶をどかすだけのようなゆるやかな動きだった。  どうでもいいと口では言いながら、見るからに彼女は自分の孤独を持て余している。紗代に触れた一瞬で陽樹にはそれが伝わってきた。 「どうでもよくなんかない。僕は今日から君の主治医になるんだ。君にこんなことで風邪を引かせるわけにはいかない。君が丈夫だからといっても、こんな冷えるところに薄着のまま放置できないよ」  彼女が自分に背を向けようとするのを、そのままにしてはおけなかった。一度は払われた手で陽樹が紗代の手を取ると、革手袋に包まれた手を紗代が息を詰めてみつめる。  知らぬ間に、紗代の手をぎゅっと握りしめていた。紗代の肌は驚くほど白く、強く握ったら折れてしまいそうな華奢な手だ。その感触で彼女が間違いなく生身の存在だと思い知って動悸が激しくなる。一目惚れ、とは思いたくなかった。外見の美しさは陽樹に取ってはほとんど価値がない。 「……離して」  そのまま何秒が経ったのだろうか。紗代の困惑しきった声で陽樹ははっとして手を離す。 「私に構わないで」
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