1・白いホスピス

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 貴種が一般的に病気になりにくいことと、永井が自己管理に厳しいタイプだったのが救いだ。人里離れた、一般の病院にかかれないわけありの人間がいる施設など、医師なしで立ちゆくわけがない。逆に言えば、それほどここは見放された場所なのだ。 「永井くんは貴種のことに詳しいのかい?」 「まがりなりにも俺はここの所長だぞ。貴種は人間とほとんど見た目が変わらず、寿命が長いことはわかるな?」 「さすがにそれはね。というか、それくらいしか知らない」 「つまり、今おまえがその程度にしか知らないほど、貴種と人間は交わってこなかった。いや、人と一緒に過ごしていても、人間と近すぎて違う生物なのだと認識されなかった。歴史に時々出てくるだろう、あり得ないほどの長寿と言われた人間が。実は複数の人物が同じ名前で呼ばれていたのだとか、実在の人物ではなかったとか言われるような事例。それらの一部は貴種だったのではないかという説がある。例を挙げれば、武内宿禰(たけのうちのすくね)八百比丘尼(やおびくに)(なん)(こう)(ぼう)(てん)(かい)もそうではないのかと言われてる」 「ごめん、話の腰を折って悪いけど、武内宿禰って誰?」 「武内宿禰は、日本書紀や古事記に記述がある。景行天皇から五代の天皇に仕えたと言われ、忠臣の理想像として何度か紙幣の肖像にも使われているな。  仲哀天皇が神功皇后に神を降ろした際に審神者(さにわ)を務めたという記録があって、大臣であるだけではなくて神託にも関わる存在だった。三百六十年以上生きたと言われているが、本来なら複数の人物の逸話を集めた存在と見なされるところだ」 「えっ、永井くん凄い、君の頭の中ウィキペディアなの!?」 「そんなわけがあるか。俺も興味を持ったから調べたんだ。だから頭にずっと引っかかっていた」 「ああ、なるほど。そういう物ってたまにあるよね」 「八百比丘尼は聞いたことくらいあるだろう」 「小説で読んだなあ。人魚の肉を食べて不老不死を得たっていう話だね」 「貴種は青年期に至るまでは人と同じように成長し、外見の変化がそこで著しく停滞する。青年期と壮年期が極端に長く、中年期以降は急激に老いる。だから、見た目が若いままで年老いることがないと思われることもあったらしい。  俺がここに来たときは、貴種の中でも長老と呼ばれていた老人がいたが、人間の見た目で言えば百歳近いように感じた。実際には三百歳を超えていたらしいがな。それこそ、武内宿禰もそんな感じだったんじゃないかと思う」
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