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Thursday Noon, 1 P.M.
彼女とは今年の春、同期の新入社員として知り合った。クールな中に時折覗かせる笑顔が可愛らしく、仕事の価値観も近いことから自然に付き合うようになったのだが…
半年を過ぎ、最初は微笑ましく感じていた「違い」が、徐々に浮き彫りになってきたかなとは思う。それでも依然として彼女は魅力的だし、近頃の素っ気なさは気になるものの、誘いを断ることもなく安心していた。
今にして思えば、そういう呑気な感覚こそが、男女の違いなのかもしれないが。
初めての年末年始。彼女は正月2日から実家に帰省ということで、今日の大晦日が今年最後のデートだ。午前中こそ青空が広がっていたものの、昼くらいから「数年に一度の大雪」との予報が当たる気配。もっとも気温は日中にも関わらず極寒…おそらくマイナス10度まで下がっているんじゃないだろうか。
北海道に越してきて覚悟はできているが、やはり2桁マイナスってのは体にこたえるばかりか、車にもよくないんだよな。
僕の車は、読めもしないのにカッコつけてメーター類を仏語表示にしている。そりゃ車だって、自分の生産国に合わせて欲しいだろうという理屈の元に。けど見たことない警告が出て動けなくなったらどうすんだろうな。ま、どうせJAFを呼ぶだけだしいいか。
彼女の部屋までは10分ほど。彼女をピックアップに向かう時点で、寒さにも関わらず心は踊る。あの笑顔に会える。
うーん、思った通り外気温はマイナス10度。こんな日は外に出た瞬間に、顔中の毛がこわばるからすぐにわかる。少なくとも人間が生きていられる気温じゃない。
午後1時きっかり。彼女はマンションのエントランス前に立っていた。雪兎のように白いダッフルコートが似合っている。髪はショートだがフードのふわふわが、小さな顔を優しく引き立てる。
改めて、本当に綺麗な女性だなと思う。
「いつも時間ピッタリだね。ああ、2分待つだけでも寒かったー」
「さ、乗って乗って。ランチはあの店でいいんだよね?」
馴染みの店で美味しいランチを食べて、次の目的地に向かう。道中、僕は楽しいが彼女はやはり素っ気ない。いつもの笑顔が少ない。
「何かあった?」
「ううん、別に…あ、いえ、私ね…」
彼女が何か言いかけたとき、対向車線の軽自動車が半分ほどこちらの車線にはみ出してきた。轍で滑って横っ飛びしたか、軽にはよくあることだ。僕は急ブレーキを踏んでステアリングを左に切り、難を逃れる。
「うわっ!これが危ないんだよなあ。距離ギリギリ…大丈夫だった?」
「うん平気…」
何故だか重苦しい。流石の僕も嫌な予感がする。
「私ね、あなたとちょっと距離を…」
青天の霹靂。いや晴天どころか大雪の荒天になりつつあるが、そうか。気づかなかったのは僕だけ…彼女はしっかりした人だけに、もう決めているのだろう。
あえて理由を聞いたりするのも無駄と感じ、僕はハイパージョークで難を逃れようとする。
「ほら、昼間なのにマイナス10度もあるんだよ、寒いわけだよね。これが本当の『Hey Jude』ってね。ははは」
…だめだ。渾身のハイブロウネタにも関わらず、彼女はクスリともしないばかりか冷たい目で吐き捨てた。
「何言ってんの、もうマイナス13度まで下がってるよ」
吹雪がますます強くなり、ホワイトアウト寸前の空模様。いっそ全部白くなって、なくなって仕舞えばいいのに。
ああ。付き合い始めた頃は、僕のしょうもない駄洒落にもケラケラ笑ってくれたのにな。マイナス13度まで下がった心は、今晩はマイナス20度までさらに下がるかもしれない。
寂しい気持ちでオーディオをFMラジオに変えたら、2人とも大好きなちょっと古い歌が聴こえていた。
「僕らの街に 今年も雪が降る 世の中は いろいろあるから どうか元気で お気をつけて…」
本当にいろいろあった今年も、何事もなかったように暮れていく。そして、何事もなかったように来年が始まるのだろう。
彼女の瞳に光る、一滴の涙を救いにして…ま、それでいいか。
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