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 伸びた互いの手の真ん中に、薄木が視線をやった。伏せられた目で薄木はまた笑う。 「だって明日には、佐野がいるから」  ふいに腕が引かれる。  薄木の温度が伝わって、一瞬。  氷が解けたように冷たさが消えて、何が起きたのかを理解する前に、薄木は僕の手をすり抜けていった。 「じゃあ、また明日。ね」  薄木が返事を求めるように、少し首をかしげる。笑った表情は逆光になってよく見えない。 「ありがとう」  薄木がゆったりと背を向ける。一歩。前に上げた足が下ろされて、まるで砂で遊んでいるように。 「佐野のおかげで、息ができたんだよ」  やわらかい声は小さく、けれど波にさらわれることなく僕の耳に届いた。苦しそうに鳴ったあの喉の音を上書きして、ふわりと鳩尾に着地する。  薄木はまた一歩、一歩と足を進めた。  引き止めたい。そう思うのに、僕の口も手も、寸分も動かない。  喉から息が漏れる。あまりにどうしようもなくて、僕は笑ってしまいそうになった。だって薄木はもう、決めている。選ばなかった仮定も反論もきっとたくさん考えて、その上で決めたのだ。  あの時のように、何で? は足元で口を開けない。否応なしに感覚が納得を受け取って、僕の上に静かに降り積もる。  踏み込んだ先に水などないかのように、薄木の足取りには迷いがなかった。
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