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けほ。
漏れ出る息の声。窓ガラスで分解された光がその口から出ているようだと言ったら、薄木は笑うだろうか。視線に気づいて首を傾げた顔はあどけなく、僕はかぶりを振った。
白いシーツと若草色の薄い毛布が波を作る。きらきらした光の円が幾重にも重なって、水中で吐かれた泡に見えた。
「今日はあったかいね」
「暑かった」
「言い過ぎじゃない? もう秋なのに」
「四限体育だったんだよ」
「それは暑いかも」
薄木が笑って、僕は四限の体育がいかに大変だったのかを続けた。
大丈夫。薄木はちゃんと目の前で息をしている。
脳に映った光景は思い違いの偽物。そうでなくては困る。だってそうでなくては、そう思わなくては、いつか本当にそうなってしまう気がする。
“鰓呼吸症候群”
一種の精神病ではないかというのが今のところの見立て。世間を息苦しいと思うことがそのまま現実に反映されるのではないかと言われているが、正確な原因は不明。治療法も不明。
身体のどこにも異常がないのに、だんだん、だんだん、息が苦しくなる。水を好むようになって、そうして最後には本当に、呼吸ができなくなる。
その様が陸に上がった魚のようだと、ついた病名が鰓呼吸症候群。
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