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 そしてその最期に水中にいた者は、溶けて泡になる、らしい。  らしいというのは、おとぎ話のようなその最期を誰も見たことがないからだ。ようは噂話の尾ひれ。しかし実際、海に消えた人は多いという。  陸で苦しんで死ぬか、海で泡となって消えるか。  馬鹿げていると思う。陸にいるのに息ができなくなるなんて。人間が泡になるなんて。だいたい、別に男女差別する気なんて毛頭ないが、あのおとぎ話の主人公は女性だった。 「それで? 橋本は大丈夫だったの?」 「ピンピンしてた。でもそのあと怒られてた」 「かわいそう」 「自業自得」 「そうだけど。でもそんな運動神経いいなんて知らなかった」  薄木が笑って、また咳き込む。  僕はヘッドボードに置かれたピッチャーからグラスに水を注いで差し出した。声の代わりに小さく頭が下げられて、冷たい指先がわずかに触れる。  白い喉はなだらかに伸びて、受け取られた水は一滴残らず吸い込まれていった。 「ありがと」  飲み終わって一拍。薄木はふ、と息をついた。 「そんなに見ても何も出ないよ」 薄木がふすふす笑う。 「飲む? コップそこにあるけど」 「あーうん」
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