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 物欲しそうにでも見えただろうか。別段水を欲していたわけではなかったが、僕は指されたカラーボックスの扉をあけてコップを拝借した。  白い喉が透けていやしないか、最近はつい見てしまう。  馬鹿げているとは思う。でも目の前でそれが起こったら、いくら馬鹿げていても、どれだけ信じられなくとも、これが現実なのだと思わざるを得ない。  こんな風に咳き込むのも初めはたまにだった。ちょっと性質の悪い風邪でも引いて、それが長引いているのだと思った。けれど次第にひどくなって、いくつか病院にも行ったが原因は分からないまま。  本人は大丈夫だと笑っていたが、ある日薄木は倒れた。  透明なグラスに透明な水。こぷりこぷりと音を立てて埋まっていくグラス越しに薄木の姿がぼやける。  水に溶けるのではなくて、透明になるということはないのだろうか。これくらいの透明度だったら、もし、万が一薄木がそうなったとしても、その先も会うことができるのではないだろうか。  二年前の夏。薄木の家、薄木の部屋。  喉を押さえて顔をしかめた薄木が倒れていく様が、今でも白黒の無声映画のように頭に残っている。ただ上下する薄木の喉ぼとけに合わせて、ボリュームを抑えたように小さく、ひゅうひゅうとかすれた音だけが耳に届いた。
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