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「そういえば塾は?」 「テスト前だから講義は休み」 「え、勉強しようよ」 「帰ったらやる」 「じゃあ帰ろう」 「追い出すな」 「じゃあここでやろうよ。僕もやる」 「えー」  テストなどなくとも今年は受験だ。嫌でもこれまでより毎日勉強している。 「いいから」  僕の鞄に手を伸ばして、薄木は教科書やらを取り出していく。 「分かったよ」  何やる? んー英語かな。 物理は? ……いい。それ絶対ダメなやつだね。大丈夫だって、赤点取ったことないから。その基準が大丈夫じゃない、ほらノートにも落書きして。するくらいの余裕があると言ってほしいね。うそでしょ。  顔をつき合わせて二人でふざける。  薄木がどこの世界を苦しいと思ったのか、世界のどこで身動きが取りづらくなったのか、聞いたことはない。家族なのか慣れたように見えた高校だったのか、別の何かか、あるいはそれら全部か。  普通だったと思っていた。少なくとも僕にはそう見えていた。だから薄木の診断を聞いたときは呆然としたのだ。何で? が足元にぽっかり穴を開けて、すうっとその暗闇の中に落ちていく感覚がした。  今となっては分からないが、けれど誤解を恐れずに言えば、この時に限ってはそういった分かりやすい事情があった方が良かったのかもしれないと、当時の僕は思った。
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