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「パパ、紅白の残り、録画よろしくね」
「お兄ちゃん、エビ天とっといてよ。帰ってきたら食べるんだから」
十二月三十一日の午後八時。理沙は母の直美と連れ立って家を出た。それぞれ右手に竹箒を持ち、黒いフード付きのコートに身を包んでいる。
目指すは新月山の頂上にある飛翔台だ。
麓までは歩いて十五分、普段はそこからバスに乗って三十分ほどかけて登る。飛べば一瞬だが、街中や山の麓で箒に乗ることは禁止されていた。
「理沙、ちゃんとマスクしてよ」
「わかってるよ」
直美に言われて黒い布マスクを着けながら、「なんでさー」と何度目かの文句が口をついて出た。
「初詣も行けないのに、こんな夜中に集まるわけ?」
コロナ禍で自粛が叫ばれる中、ここ数年で最大級の魔女集会を開くという。何を考えてるんだろう。
新月山の周辺には四十人の魔女がいる。魔女が生まれる割合は五千人に一人らしいから、半分が男の人なら四十万の人口に対して妥当な数だ。
その四十人がいっぺんに飛翔台に集まる。絶対おかしい。
三蜜対策は大丈夫なんだろうなと、理沙は心の中で毒づいた。
こんなところで感染したくない。高校で演劇部に所属している理沙は、今年一年、コロナでどれだけのことを諦めたかわからない。
コンクールも文化祭も中止になり、慰問という形で観てもらっていた福祉施設や病院や保育園でのミニ公演もなくなった。
かけがえのない十七歳の夏。
誰かがそんなふうに嘆いていたけど、夏どころか十七歳の一年が、丸々コロナで黒く塗りつぶされた。
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