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六方(ろっぽ)、邪眼を拾う
西の方を見れば、地平線が紅に染まっていました。
高縄十三は大学の一年先輩である一社六方と並んで歩きつつ、なんて空気が澄んでいるのだろうか、と目を見張ります。
冬が近づいているとはいえ、まだ大気はそれほど乾燥していないはずでした。
振り返れば、徐々に昇っていく地球の影が、大空というスクリーンに投影されていました。
黒から濃紺、青へと徐々に風合いを変える見事なグラデーションは、空の半分を覆っています。
十三はふいに、自分がどうしてここにいるのだろうか、なぜさほど親しくもない一社六方という男と肩を並べて歩いているのだろうか、と疑問に思いました。
逢う魔が時と昔の人が呼びならわしたこの時間帯に、彼と一緒に歩いている理由があったはずなのですが、なぜか思い出すことが出来なくなっているのです。
「あの、一社さん」
十三が声を掛けた、その時のことでした。
ソフトボール大のクッションのようなものが、アスファルトの上に転がりました。
数歩先を歩いていたスーツ姿の男のポケットから、こぼれ落ちたのです。
男は落とし物をしたことに気づかないようでした。
中華饅頭のような、ぼてっとしたドームを形づくる白い物体を置き去りにして、ひょこひょこと歩み去ろうとしています。
十三は落とし物の手前で足を止めました。
六方も彼に合わせて、立ち止まります。
「あの、すいません。落とし物ですよ」
十三が声を放つと、男はびくりと左右の肩を上げました。
数メートル先を行ったところで、右足を引きずるようにしながら、おもむろに体の向きを変えます。
「これ、あなたが落としたものですよね」
怯えているのか、男の顔は今にも泣き出しそうに見えました。
「落とし物しましたよ。ぬいぐるみ、ですかね?」
やたらと頬骨が張っていて、顎の尖った、五角形の顔がこちらをむいています。
男は、「ああ」と嘆息するように声を出しました。
「いやいやいや、気がつかんかった。申し訳ない」
いったい何が申し訳ないのかは分かりませんが、男は右手の手刀を立てて拝む仕草をしています。
男は彼らのうちのどちらかが落とし物を拾って、彼に手渡すことを期待しているのでしょう。
申し訳ない、と言うのは、お礼の前払いのつもりかも知れません。
「足が不自由なもんで、えらいんですわ」
聴き慣れない方言でも、意味は分かりました。
「いいですよ。拾って、持って行きますから。そこで待っていてくださいね」
男は口元をゆるめ、しきりに頭を下げました。
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