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月野弓子は学校の施設紹介をするかのような気楽さで、狸について語りました。
「小学生の頃から知っていました。柱神様のおかげで」
六方は少女を一瞥し、「なるほど」と頷いて、話を続けました。
「知っているのにどうして、あの太貫という変化を放置しているの」
「妖怪変化と言っても、必ずしも悪さをするわけではありませんから。実際にいい先生なんですよ。生徒だけじゃなく、保護者の間でも人気がるらしいし」
「月野さんは今日、太貫先生に会うために、ここへ来たんだよね」
「弟が小学一年生で、担任がタヌキ先生なんですよ。最近、どうも様子がおかしいと聞いたので、確かめに来たんです」
十三は心配のあまり、会話に割って入りました。
「女の子一人で? 危ないんじゃないかなあ」
「だから、一人じゃありません、て」
少女は自らを神様宿し、「神憑きの弓子」と、呼びました。
首に掛けた白地の手拭いに、母方の実家に祀られていた「柱神」の面を写し持っていて、そこから異能を得ていると言います。
彼女に言わせれば、妖怪や変化などは恐れるに足りません。
「だからといって、危険なまねをしていいわけじゃない。君はまだ子どもだよ」
十三はまじめに説教をしたつもりでしたが、突然、周囲の空間が笑い声で満たされました。
大気を震わすのは、地の底から湧き上がってくるような、くぐもった男性の声です。
笑い声が収まると、ほほを緩めた弓子が、声を掛けてきました。
「あのね、高縄さん。『小僧が何を言う!』だって」
「小僧? 僕が? 誰がそう言ったの」
「柱神さま。私も高縄さんも、神様から見ればさほど違いはないんだって」
十三は納得がいきません。
何か言い返そうと唇を開きましたが、弓子は先手を打って、「しっ」と人差し指を唇に当てました。
「六方さんに伝言、『見えるだけの小僧は帰れ』って」
「それも、柱神さまが言ったのかな」
六方の問いに、返事はありませんでした。
「私たちは行くから」
気がつけば、目の前にいたはずの少女は声だけを残し、消えておりました。
十三は慌てて立ち上がり、左右を見渡します。
狸の去った方向を見た時、落ちていく太陽に向かって飛ぶ、少女の姿が目に映ったような気がしました。
手足を伸ばした姿は、まるでバレエのダンサーが踊っているかのようです。
よく見ようと目を凝らしている間に、カミツキの弓子は木立の向こうへ消えてしまいました。
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