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十三がぬいぐるみをつまみ上げようと腰をかがめた、その時のことでした。
六方の腕が彼の胸の前に、踏切の遮断機のように下りてきて、行く手を塞いだのです。
なぜ止めるのか、と疑問に思った十三が顔を上げると、一社六方の不思議な瞳と目が合いました。
「うかつに触らないことだ」
六方の言葉に十三は、「なぜですか」と、反射的に聞き返します。
「私たちは今、別世界に足を踏み入れているからさ」
左右でわずかに大きさが違うアーモンド型の目が、彼の目を覗き込んできました。
日本人には珍しい、中心の鳶色を灰色が囲む虹彩(瞳)は、周囲が桔梗色に縁取られています。
十三が息を飲むと、六方の瞳がぐんぐん大きくなっていき、ついには視界いっぱいに広がりました。
このままではその中に体が吸い込まれてしまいそうです。
「どうやら君は、術を掛けられているようだね」
十三が問い返そうとすると、離れたところにいる男が奇声を発しました。
顔を上げると、男が手足をばたつかせているのが見えました。
顔から眼球がこぼれ落ちるのではないだろうかというほど、その目は見開かれています。
男はどうやら興奮状態にあるようで、猿の叫び声のような意味を成さない言葉を口から続け様に吐き出していました。
六方は鼻から「ふん」と、音を立てて息を吐きます。
「そんなに拾わせたいなら、拾ってやろうか」
「でもさっき、触らない方がいい、と言ってたじゃないですか」
疑問には答えず、六方は彼に背を向けて、落とし物を拾う動作に入りました。
「高縄くん、君は目を閉じていた方がいい」
こもりがちな声がそう言ったように聞こえたものの、十三はなぜか目を閉じる気にはなりませんでした。
彼の目は、本能的に六方の手の動きを追います。
指の先が触れた途端、ぬいぐるみがぶるっと震え、表面に生えていた細かい毛に細波が立ちました。
落とし物はぬいぐるみなどではなく、手足のない生き物だったのです。
中華饅頭の形が歪み、何もないと思われていた上部に黒い筋が生じます。
そこからゆっくりと、本体が左右に裂け始めました。
目の前で、正体不明の生き物が瞼を開こうとしているのです。
「高縄くん、目を閉じて!」
六方の怒声が耳に届いた直後、頭部を何かで叩かれたような衝撃がして、彼の視界は真っ赤になりました。
鼻腔の奥に、血の匂いが充満してきました。
思わず頭を抱えた次の瞬間、黒い幕が目の前に下りてきて、彼は闇の中へと落ちていきました。
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