六方(ろっぽ)、邪眼を拾う

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力強い手が、十三の体を揺さぶりました。 「高縄くん、高縄くん」 呼びかける声に応えようとして口を開くと、そこから空気が一斉に喉に入ってきました。 驚いたせいか、咳が続けざまに出て、彼の体は地面の上で海老のように跳ねました。 「どうやら生きていたようだね」 六方の声はまるで、実験の結果を確認する研究者のように落ち着いていました。 「もう、目を開けても大丈夫だよ」 声に促されて目を開くと、地面がすぐ目の前にありました。 十三は手足を縮め、体を丸めた状態で地面に横たわっていたのです。 「僕はどうして、こんなところに倒れていたんでしょう」 強張った手足を動かして上体を起こすと、軽く頭が痛みます。 風邪をひいて、体温が急激に上昇した際の頭痛に似ていました。 「君は危うく邪眼(じゃがん)を直視するところだったんだよ」 「僕が何を……、何ですって?」 「邪眼だよ」 六方の説明によると、邪眼は「邪視」や「魔眼」とも呼ばれる目玉の妖怪で、魔力を持った瞳で敵や獲物を倒してしまうということでした。 「目を合わせたら、確実に死ぬ。世界各地に、そういう言い伝えがある」 六方は相変わらず、淡々とした口調で解説を行ないます。 「だから君は、おそらく邪眼の目を見てはいない。瘴気(しょうき)に当てられて、直前に気絶したのではないかな」 十三は驚きのあまり、言葉を失ってしまいました。 自分が死の一歩手前まで行っていたことを、こんなに穏やかに告げられるとは思ってもいなかったからです。 あの中華饅頭のような生物を六方は邪眼と呼びましたが、妖怪変化の類を見たのも、生まれて初めてのことでした。 しばらくして頭痛が去ると、十三の胸にいくつかの疑問が首をもたげてきました。 「一社さん、教えて欲しいことがあるんですが」 六方は彼の問いに掛けには答えず、「立てるかい?」と聞いてきました。 「ええ。どこにも怪我は無いようなので」 十三が手を貸してもらって立ち上がると、「あのバス停まで歩こう」と言って、彼の手を引きました。 「あそこのベンチでなら、ゆっくり話ができるから」 彼らは実際に、大学の方へ数十メートル戻ったバス停まで歩くことはありませんでした。 十三の倒れていた場所からほんの少し歩いたところで、状況が一変したからです。 それまで黄昏時の明るさを残していた空が、急に暗くなりました。 冬のように澄んだ空気がやや湿り気を帯びたものに変わり、落ち葉の匂いがほのかに鼻をくすぐります。 彼らの他には誰もいないと思っていた路上に通行人が現れ、車道を走行する車の音が耳にやかましく感じられました。 「一社さん、これは一体、どういうことですか」 「どうもしないよ。別世界(かくりよ)を抜けて、元の世界に帰ってきただけさ」 「元の世界に帰ってきただけ……だけ、ですか」 十三は再び頭痛がしてくるのを感じました。
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