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高縄十三はあやうく、ダイニングの椅子から転げ落ちるところでした。
六方が借りている2DKのマンションに、彼の悲鳴が響き渡ります。
「静かに。ここは学生マンションじゃないから、声を抑えて」
大手通販サイトの段ボール箱を覗き込みながら、六方は注意を促しました。
「だって六方さん、邪眼が、邪眼がそこにいるんでしょう」
「このマンションはペット禁止じゃない」
「そういうことを言っているんじゃありません」
十三は相手の冷淡な態度に、苛立ちを覚えました。
「なんでそんなもの拾ってきたんですか。まさか、飼うつもりですか」
六方は返事をしません。
組み立てた段ボールの底に紙を引き、ポケットに入れて連れて来た邪眼を移す、という作業に集中しているようです。
「危険生物ですよ。分かってますよね。目が合ったら死ぬって言ったのは、六方さんですよ」
「私の目は『狐の窓』だから、死なないよ」
十三は道すがら聞いた、「狐の窓」の説明を思い出しました。
指を使ってこしらえた覗き穴や窓枠は、「狐の窓」や「狐格子」と呼ばれています。
地方によっては、ジャンケンをする前に手の指を組んで穴を覗くというおまじないをしますが、それと同様のものでしょう。
いわゆる邪眼・邪視除けの呪法で、世界の一部地域で見られる目玉の護符に似た効能を持つものです。
「狐の窓を通して見れば、罠や幻術を見破り、邪眼の禍々しい魔力にさえ打ち勝つことが可能だ」
今日の六方はいつになく多弁でした。
「私の両目は父と姉から片方ずつ貰ったものだけど、どういう訳か『狐の窓』の力を宿してしまった。他の人に見えないものが見えるし、幻術や目くらましは私には効かない」
その時の十三は、六方の上着のポケットが怪しく膨らんでいることに、気付いていませんでした。
だから部屋に着いて彼にペットボトルのお茶を渡すなり、邪眼を入れる段ボール箱を探し始めるなんて、思ってもいなかったのです。
危険な妖怪を飼うのを止めさせようと、十三は食い下がりました。
「そいつの持ち主のあの男、あの妖怪が返せと言ってくるかも知れませんよ」
彼の問題提起に対する、六方の答えは、素っ気ないものでした。
「あの妖怪は死んだよ」
「六方さんが、その、妖怪を……何て言うか」
「正当防衛だけどね」
六方は段ボール箱を隣室に置いて、ダイニングへ戻って来ました。
「邪眼の魔力が私の目に充満している時に襲いかかって来たから、つい目が合ってしまった。狐の窓を介して、邪眼を覗き込んだのと同じ状態になったのではないかな」
「それで死んでしまった」
十三の声は、自分でも驚くほど嗄れていました。
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