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正体は妖怪だった、と六方に告げられているものの、人間の姿形をした生き物が死んだという事実は軽く受け止められるものではありません。
ましてや直接的に死を与えたのが目の前にいるゼミの先輩だなんて、とても恐ろしいことに思えたのです。
「高縄君、妖怪の死因は邪眼ではないよ。もちろん、私でもない」
六方の声は相変わらず、感情の起伏を感じさせないものでした。
「虫だよ。狢は邪眼の力を受けたけれど、即死はしなかった」
おそらく邪眼を持ち歩く者は、邪眼避けのまじないか護符を用いていたのでしょう。
「妖怪が倒れると同時に、皮膚を食い破って何匹もの虫が出て来たんだ。丸めるとテニスボールぐらいの芋虫だった。ずっと体に寄生していたようだから、どのみち狢の命は長くはなかったのかもしれないね」
頭の中に映像を思い浮かべると、彼の全身に鳥肌が立ちました。
「それで、その虫は? どうしたんですか」
「襲ってくる気配はあったけれどね」
六方は隣の部屋に置かれた、段ボール箱の方へ首を巡らしました。
「あの子がひと睨みしたら、虫は固まって死んでしまった」
「あの子! あれは、化物じゃないですか」
「声を抑えて。でも私たちがこうしていられるのは、あの子のおかげだよ。何と言っても、君は身動き取れない状態だったのだから」
「六方さん、僕は邪眼のせいで死にかけたんですよ」
「私たちを隠り世へと誘い込み、邪眼を使って殺そうとしたのは、妖怪だよ。あの子が君を襲ったのではなく、人を襲うための道具として使われたに過ぎない」
たとえば刃物は便利な道具にもなれば凶器にもなる、要は使い方次第だと、六方は言います。
十三にも理屈は分かりますが、つい今しがた襲われたばかりで、とうてい納得がいきませんでした。
「分かりました。何を飼おうが、六方さんの勝手です」
苛立ちとともに、十三は席を立ちました。
「ですが、絶対にあいつを放し飼いにしないでくださいよ」
「トイレかい。君の後ろのドアだよ」
「違います。僕はもう、帰らせていただきます。これ以上、妖怪やら邪眼やらと関わりたくないので」
家まで送ろうか、という申し出を断り、彼は六方のマンションを後にしました。
建物から出て、路上で一人になってみると、急に恐怖心が沸き起こってきます。
街路樹の影や、道路脇の暗がりが、気になって仕方がありません。
だからと言って、今さら六方の部屋に引き返すことは出来ませんでした。
「夕飯でも買って帰るか」
まばゆい明かりに引き寄せられるかのようにして、十三はコンビニエンスストアの中へと入っていきます。
その夜、彼が店を後にしたのは、入店して三十分も経ってからのことでした。
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