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小学校前の通りに沿って揺れる尻尾の後を追っていくと、右手に鬱蒼と茂った木立が見えてきました。
およそ七〇年前まで国の林業試験場だった場所で、小学校の裏山から隣町にある不動尊の敷地まで続く、野球場なら百個は入るという広大な公園です。
森林公園の起伏に富んだ敷地内には三千種を超える樹木が生い茂っていて、貯水池がいくつかと水遊び湧水渓谷、テニスコートやグラウンド、キャンピング施設などがあります。
出入口となる門は車が通れるものだけで七つもありますが、狸の化けた太貫という教師は、辰巳門から公園へ入りました。
三方向に分かれた道のうち、公園の中心部へと続く緩やかな坂を上っていきます。
十三と六方も買い物ついでの散歩を装い、入り口の車止めをまたいで公園内に入りました。
「公園の中に巣穴でも作っているんですかね」
十三が囁いた途端、予想外のことが起きました。
太貫と名乗る変化が、壁に突き当たったかのように、急に立ち止まったのです。
尾行なんてしたことのない十三は反射的に、六方の陰に隠れようと体を動かしました。
六方は素早い動きで彼の手首を掴むと、ためらうことなく狸との距離を詰めていきます。
立ち止まっている変化、太貫教諭のすぐ横を通過する時、正面から来る人影が声を上げました。
「ようっす! タヌキ先生じゃん。お久しぶり」
声の主は厚手の綿Tに、くるぶしまでのジャージを履いた、中学生と思われる少女でした。
すうっと伸びた首に墨絵の手拭いをかけた姿は、ファッショナブルというよりも、「いなせ」という形容詞が似合っておりました。
六方は足を止めずに少女の脇を通過し、近くにあったベンチに腰を下ろします。
まるで最初からそこを目指して歩いていたかのような、ごく自然な所作でした。
立ち尽くす十三の顔を見上げ、平手でほこりを払うと、座るように手振りで促します。
変化に声をかけた彼女はおそらく、小学校の卒業生と思われました。
太貫の正体は知らないはずなのに、「タヌキ先生」と、かなりきわどい愛称で呼んでいます。
「お久しぶりなのに、相変わらず手厳しいなあ、月野さんは。今日はどうしたの? こんなところで」
「自主トレです。今日は部活が休みなので」
太貫はズボンのポケットから出したタオルハンカチで、髪の生え際に浮かんでくる汗をていねいに押さえました。
「たしか剣道部だったよね。感心だなあ」
「なんだか最近、ここら辺、物騒じゃないですか」
少女は手拭いの両端を持って、ぴんと張ります。
「体鍛えといた方が、いいかなと思って」
どもりがちに相槌を打って、太貫は時計をはめた手を上げました。
「ごめん。僕はもう、行かなくちゃだから」
「タヌキ先生、今度ゆっくりお話がしたいんですけど」
太貫は、「また今度ね」と返事をして、小走りに公園の奥へと向かいました。
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