2話【樹の巫女の、代替わり】

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2話【樹の巫女の、代替わり】

巫女候補(みここうほ)が授かる、記憶(きおく)種子(しゅし)受容体(じゅようたい)』 【記憶の種子】  巫女修養(みこしゅうよう)修了(しゅうりょう)し、素養(そよう)を満たした巫女候補(みここうほ)は、その証として 記憶の種子を結実(けつじつ)し、自らの記憶を種子に込める能力を、授かります。  もしも、貴女(あなた)にとって大切な人が 樹の巫女と()り、その際に 大切な記憶が抹消されてしまったら。 それは、とても悲しいことです。  そのため、山の神様は、巫女候補と成った者の記憶を、自らの種子に込める能力を授けてくれました。  そして、その記憶の種子は、受容体(じゅようたい)を授かった巫女候補にのみ、受け継ぐことが出来ます。  その際には、記憶 すなわち知識のみならず、お唄や 舞いの、秀でた巫女の素養も 受け継がれます。 【受容体(じゅようたい)】  巫女修養を修了し、素養を満たした巫女候補は、その証として 記憶の種子を紐解(ひもと)き その身に宿し 受け継ぐ事が出来る 受容体を、授かります。  受容体を授かる際は、記憶の種子結実の能力と(あわ)せて、山の神様から 授かる事と成ります。 「…有難うございました。  栃 姉様(とち ねえさま)も、きれいなお声と、(わか)りやすい朗読。  …でも、すみませんが、この お話、わたしは だいたい解っておりました。」  にこり、と微笑んだ瑞貴(みずき)の表情に、栃実(とちみ)は思わず 瑞貴を、その豊か過ぎる胸に抱きしめた。  (かたわ)らでは、(まい)が、瑞貴の理解力に 感心している。 「みぃ、呑み込みの速さ、いっつも すごいよね。  『超理解力(ちょうりかいりょく)』だっけ。  さすがに、瑞樹(みずき)さんの娘だけあって…。」 「…って、とっち! みぃ、ちょっと苦しそうよ。  いつまでも可愛がってないで、修養に戻ってよ!」 「あはは… ごめんごめん。  みーちゃんが あまりに可愛かったから、つい。。。」 「えーっと、ちょっと思い返すわね。  眠りの唄の 最終楽章で、みーちゃんが 初結実(はつけつじつ)を迎えることを、皆が なんとなく知って… あと、秋には…何だっけ?」 (もがもが… ぷはぁー。 もぅ… 栃 姉様ってば。。。) 「その通りですよ、栃 姉様。  わたし、すぐに巫女実生(みこみしょう)になることにして、修養を始めたのです。」 「そうそう。 何たって、巫女候補筆頭 瑞樹(みここうほひっとう みずき)さまの、娘だからね!  皆の期待も、すっごく大きかったよね。。。」  早春の、やわらかで ほの暖かい木漏れ日が差し込む、ブナの大樹の(もと)。  舞いの お稽古(けいこ)から戻った、栃実 舞 瑞貴は、巫女知識(みこちしき)の修養に(いそ)しんでいた。 「んじゃ、次は…っと。」 「ねぇ、とっち。 瑞樹さん、次の 樹の巫女に、成られるんだよね。  眠りの唄で、みんな もう知ってるんだけど…。  どんな巫女に、成られるのかなぁ?」 「わたしも、詳しく知りたいです。 栃 姉様…。」 「んー じゃぁ、この書物の 出番かしらね。」  栃実は、書棚で『樹の巫女の、お役目(やくめ)と お(つと)め』の書物と入れ換えると、舞の隣に座った。 「それじゃ。 引き続き、私が読み手になるわね。  みーちゃん。 瑞樹さんが、どんな巫女に成られて、どんな事をなさるかと いうと。。。」 『樹の巫女の、お役目(やくめ)と お(つと)め』 【山の神様より授かった、樹の巫女の お役目】  樹の巫女の お役目とは、主に 山の神様より授かった、()の巫女が代替(だいがわ)わりまでに成し遂げるべき、最も重要なお役目の事です。  (これ)は、峰乃 椿(みねの つばき)様のお役目が『大崩落(だいほうらく)からの復興』であり、其れを 御身(おんみ)(すべ)てを(ささ)げて 成し遂げられた事からも、()くお()かり頂けるかと存じます。  其のお役目を完遂(かんすい)なされた ()の森は、次代を担う 樹々の恵みをもたらす樹種が育ち、獣衆(けものしゅう)に木の実を振舞えるまでに、森林生態系が回復致しました。  是に次いで重要となるお役目は、自らの後継者に相応(ふさわ)しい人材を発掘し、育成する事です。  私達(わたくしたち)樹々は、次代を担う健全な良木(りょうぼく)をも育成しつつ、自らの生命活動を行っております。  是に(のっと)り、樹の巫女は、次代の巫女候補(みここうほ)()る人材を育成しつつ、其の お役目と お務めを遂行(すいこう)する、と されております。  峰乃様は 巫女修養(みこしゅうよう)を行い、巫女実生(みこみしょう)は 巫女候補と成るために必要な素養(そよう)を身に着けます。  そして、巫女実生が素養を満たしたと見極(みきわ)められた(あかつき)には、記憶(きおく)種子(しゅし)結実(けつじつ)する能力と 其の受容体(じゅようたい)を授かる『成樹(せいじゅ)()』を()り行い、其れにお立ち会いなされるまでが、此の お役目となります。  ()()のお役目は、その完遂を()って 樹の巫女の 任期は満了となり、次代の巫女に代替(だいが)わりし、当代の巫女は昇天(しょうてん)致します。 【樹の巫女の、お務め】  樹の巫女には、先述の お役目と共に、其の お務めが、ございます。  お役目が、山の神様から授かり、完遂を以って 其の任期が満了と成る事に対し、お務めは、早春から初冬の 季節ごとに、そして、其の『()』を通じて成される、此の森全体の生命活動の梶取(かじと)りや、祭典や神事(しんじ)を執り行う事を指します。  此れ等は、巫女修養にて身に着けた、森林知識や 巫女知識に()って成されるものであり、また、其の身に着けられたものでありますから、巫女を拝命(はいめい)なされる際に 記憶が抹消(まっしょう)されても、峰乃様の御身(おんみ)に宿る事となります。  お務めの詳細につきましては、明瞭 かつ 簡潔にお伝えするため、以降、季節ごとに箇条書きにて、(しる)す事と致します。 ●早春 ・峰乃様が ひと冬かけて お歌いになられた、『眠りの唄』。  春に()ず咲く マルバマンサクの開花と共に、其の最終楽章が歌われ、今季に起こり得る出来事が、春の目覚めを目前に控えた 樹々に告げられます。  樹々は、是を以て、早春の芽吹きや開花から、今季の生命活動を開始する事となります。 ・眠りの唄 最終楽章までを 歌い終えられた峰乃様は、御自身の新芽の開葉(かいよう)と共に、今季の お務めを開始なされます。  まずは、峰乃様の()(もの)によって 樹々に春の目覚めが告げられた(のち)、春の芽吹きを(うなが)す 其の御指示をなさいます。  お務めは、大まかに、次代の巫女候補と成る人材を育成するための 巫女修養や、祭典や神事を執り行う事、そして、此の森全体の生命活動の梶取りをするための、森林生態系の視察や 情報収集に、区分することが出来ます。 ●春 ~ 『桜の舞い』 ・巫女修養や、森の視察と情報収集は、継続して行われます。  其の(かたわ)らで、峰乃様は、私達 樹々の樹種ごとに、開花の頃合いや実りの豊凶の、御指示(ごしじ)をなさいます。  是は、森全体の生命活動に関わる重要な事柄ですので、眠りの唄にて あらましを告げられたのちに、開花の直前に改めて明確に御指示を頂く事となります。 ・桜の舞いでは、主賓(しゅひん)として御出席なされ、山祭り祭典での 舞い手の一次選考と 審査結果を発表なさる、お務めがございます。  祭典や神事では、山の神様への奉納(ほうのうま)舞いを以って、この森の様子を伝達なされます。 ●初夏 ~ 『夏祭り』 ・巫女修養や 森の視察は 継続して行われ、是に加えて、梅雨の 恵みの雨の降雨量の予測や 対応も、なさいます。 ・全ての樹種が開葉(かいよう)した夏季には、それらの葉の茂り具合や、開花と実りを御確認され、舞い手の二次選抜も なさいます。 ・夏祭りでは、主賓として御出席なされ、山祭り祭典での 歌い手の審査をなさる、お務めがございます。  樹々の唄の合唱では、山の神様へ 森の様子を伝達なされ、神事では、山の神様より(たまわ)った(こと)()を、皆にお伝え頂きます。 ●晩夏 ~ 晩秋 『木の実の振舞い』完了まで ・山祭り祭典での 舞い手と歌い手の、最終審査をなされ、決定となります。 ・今季の巫女修養は 晩夏には終了となり、森の視察のお務めは、主に樹々の実りへと、重点が置かれます。  ()ずは、樹々の実りを御確認なさり、獣衆(けものしゅう)(おさ)との会談に()り、実りの総量(そうりょう)や獣衆の個体数調整(こたいすうちょうせい)目処(めど)を付けられます。 ・峰乃様は、目処を付けられた実りの情報を山の神様へとお伝えし、其の御判断(ごはんだん)(あお)がれます。  山の神様は、今秋の実りについての (こと)()を、峰乃様へと下さります。 ・山の神様から(たまわ)った 言の葉をもとに、峰乃様は、実りの采配(さいはい)を成され、実りある樹々へと お伝え頂きます。 ・木の実の振舞いの際には、其の御確認や 獣衆の長とも会談なされたのち、振舞いの完了を 告げられます。  是を受け、私達 樹々は、今季の樹体(じゅたい)の成長を終了し、冬支度(ふゆじたく)を開始する事となります。 ・木の実の振舞いが完了した頃、峰乃様は、山の神様へと 其の(むね)を御報告なさり、また、此の森をより善く導くための、来季に向けての改善提案などを、打診なさいます。  山の神様は、此れ等を(もと)に 眠りの唄を御創(おつく)りになり、のちの山祭りにて、峰乃様に下されます。 ・峰乃様は、山の神様へと御報告なさった情報や 打診なさった改善提案などを、記憶の種子に込められ、種子貯蔵庫(シードバンク)に貯蔵なされます。  そして、今季を振り返られ、樹々の唄の歌詞を最終確認なされることで、今季の お務めを終えられ、山祭りに向けての御準備を開始なされます。 ●初冬 『山祭り』 ・山祭りの前日に、木の葉の舞い の舞い手と、樹々の唄 の歌い手の 発表を、大平岩(おおひらいわ)の広場にて行います。 ・山祭り 祭典では、峰乃様は、神具(しんぐ)である()(もの)を用いた 奉納舞(ほうのうま)いを御披露(ごひろう)なされ、山の神様への感謝を(あらわ)されます。  此の採り物は、続いて歌われる『森の唄』の 歌い出しの合図や指揮を執る際にも用いられ、森の唄に乗せて、峰乃様には 皆の健在ぶりなどを、山の神様へと お伝え頂きます。  祭典の最後には、峰乃様が 山の神様への謝辞(しゃじ)献上(けんじょう)なされて、山祭りの祭典は終了致します。 ・山祭り 神事では、峰乃様の神憑(かみがか)りに依り、山の神様からの言の葉を賜ります。  其の後に訪れる 雪起(ゆきお)こしの雷を合図に、皆は居所(いどころ)へと戻り、休眠の準備を整えます。  峰乃様は、是を見届けられたのち、山祭り最後の神事となる、天雷(てんらい)を授かります。 ・天雷より授かった 眠りの唄は、峰乃様に依って ひと冬かけて歌われ、私達 樹々は、初冠雪(はつかんせつ)と共に、冬季の眠りに()く事となります。  峰乃様は、冬季も 眠りの唄をお歌いになりながら、皆の安らかな休眠を見守って下さいます。  そして 季節は(めぐ)り、春の訪れを告げる マルバマンサクの開花を以って、峰乃様の 新たな季節の お役目と お務めが、始まります。  このように、樹の巫女の お役目と お務めは、季節の移ろいや 森の生命活動と共に、(とどこお)事無(ことな)く、脈々(みゃくみゃく)と続けられているのです。 「…ねぇ、とっち。 これって、巫女の お務めは…。  春から冬までの、私達が 花を咲かせたりする梶取(かじと)りと、祭典とかの神事を…これだけの事を、ぜんぶ お(ひと)りで お出来になる。  つまり… 瑞樹さまは、それだけの素養を 身に付けられたって、事だよね。」 「やっぱ、すごいなぁー! 憧れるなぁー。  けど、その道のりは…長そうね。。。」 「そうだね、舞。 …やっぱ、すごいよね。。。」 「お役目の方は… なんせ山の神様から 授かったからね。  何がなんでも成し遂げるのは 当然として…。  その(かたわ)らで、これだけの お務め、でしょ。  私も、これだけの… もうちょっと 少なくても良いかな?  いろんな事に チャレンジできたらなぁーって、思わされるわ。」 「あ…うん! そだね。 私も、頑張らなきゃ!  これだけの素養を身に付けられた 瑞樹さんに、いろいろと教えてもらえるんだから…。  私達って、すごい幸福者(しあわせもの)なのかも!?」 「そうですよ、舞 姉様!  奥山流 峰乃派(おくやまりゅう みねのは)の家元として、優雅なる 舞いの素養を持ちながら、口伝(くでん)を書物化して、豊富な知識をも兼ね備えた、巫女候補 筆頭。  それが、わたしの お母様なのですから。」 「あら、みーちゃん。 めずらしく、自慢気ね?」 「えっへん!」 「ふふっ。 そうね。  でも… それだけじゃなくて、本当に 樹の巫女に成ろうと思うなら。  峰乃 椿様に、巫女とは どういう存在であるかを、(じか)(なら)う事が必要なのよね。  ねぇ、とっち。。。」 「 そ う だ よ ね、舞。。。 あ! これこれ。  代替(だいが)わりんとこに、書いてあったはず。。。」  栃実は、次に読む書物を探しながら そう応えると、手にしていた書物を『樹の巫女の、拝命(はいめい)()代替(だいが)わり』と書かれた書物と入れ換え、朗読を再開した。 『樹の巫女の、拝命の儀と 代替わり』  本章では、樹の巫女が、代替わりをなされる際に()り行われる『拝命の儀』につきまして、()の詳細を(しる)す事と、致します。  前置きと致しまして、()ず、近代では 峰乃 桧(みねの ひのき)様へと代替わりなされて以来、樹の巫女が 代替わりし、拝命の儀が執り行われた事は、ございませんでした。  そのため、現在では、樹々の葉音による 口伝(くでん)による伝承(でんしょう)としてしか残されてはおらず、勿論(もちろん)、記録や書物も ございません。  しかしながら、当代の巫女は、其の記憶を(とど)められたまま 樹の巫女と()られた、稀有(けう)な存在である 峰乃 椿(みねの つばき)様でございます。  此度(こたび)の書物化に当たり、峰乃 椿様が 峰乃 桧様より受け継がれた、拝命の儀に関する口伝伝承を 原典(げんてん)に近い形でお聞きすることが出来ましたので、此処(ここ)では、峰乃 桧様へと代替わり成された際の出来事を、そのまま記す事と させて頂きます。 『樹の巫女の、代替わり』  峰乃 桧様の 先代の巫女でございました、峰乃 小楢(みねの こなら)様は、山祭り祭典の奉納舞(ほうのうま)いにて、森の様子を山の神様にお伝えなさる際に、(あわ)せて、其の お役目の完遂(かんすい)と 代替わりの打診、次代の巫女の推薦を なされました。  峰乃 小楢様は、山の神様に、問いました。 「~『木の実の振舞いに()る、森林生態系の構築』は、成し遂げられたかと、存じます。  (これ)により、樹の巫女の代替わりと成るならば、次代の巫女には、唄の素養に秀でる巫女候補であります 美歌(みか)を推薦する事と、させて頂きます。  美歌の、類稀(たぐいまれ)なる美しいヒノキの葉音によって奏でられる唄や 山の神様からの言の葉は、皆に安らぎを与え、伝承を語り継いで行く事でしょう。」  山の神様は、応えられました。 「うむ。 一考するとしよう。 だが、峰乃 小楢よ。  其の役目が完遂に至らぬならば、其方(そなた)(いま)御役御免(おんやくごめん)とは 成らず。  代替わり無き旨は、其方に憑依(ひょうい)し其方にのみ、伝える。」  峰乃 小楢様が、山の神様への謝辞(しゃじ)献上(けんじょう)なさり、眠りの唄を授けて頂くお願いを、なさる頃。  山の神様は、天雷(てんらい)神力(しんりょく)を込められ、次代の巫女の名と、其の お役目、そして、眠りの唄を 宿されました。  続く、山祭り神事 神憑(かみがか)りにて、山の神様は 峰乃 小楢様に憑依なされ、其のお役目が完遂なされ 御役御免と成ったこと、代替わりし 次代の巫女は峰乃 桧様が成られることを、峰乃 小楢様だけに お伝え下さいました。  峰乃 小楢様は、御自身(ごじしん)の お役目が完遂と成った事だけを、皆にお伝えなさると、山祭り神事を終えられ、眠りの唄を お歌いになり、皆を 冬季の休眠へと(いざな)われました。  翌、早春。 マルバマンサクの花が、春の訪れを 告げる頃。  峰乃 小楢様は、眠りの唄の最終楽章にて、今秋の山祭りでは 拝命の儀が執り行われること、樹の巫女が 代替わりすること、次代の巫女は お唄に秀でる峰乃 桧様と 成られることをも お歌いになり、皆へとお伝えなされました。  私達(わたくしたち) 樹々は、()だ 夢の中。  是を なんとなく知った皆は、やがて目覚め、芽吹き、樹の巫女が代替わりするその()の生命活動を、懸命に行いました。 『代替わりの、御準備』  当代の巫女は、代替わりののちには 昇天(しょうてん) 成され、山の神様の住まう神界(しんかい)へと、()されます。。。 「え!? …ねぇ、とっち。 ちょっと、いい?  それって… 瑞樹さま、いずれは 神様に成っちゃうってこと!!?」 「す…すごい。。。」 「栃 姉様! わたし、もっと知りたいです! 続きを 読んで下さいっ!!」 「あ…うん! みーちゃんに、そう おねだりされたら、絶句してる場合じゃないよね!  んじゃ、続きは…っと。」  今季の(すべ)てが最期(さいご)の お(つと)めとなるが(ゆえ)に、当代の巫女は、御自身(ごじしん)の生命活動の(かたわ)ら、昇天(しょうてん)の御準備をも なさる事となります。  次代の巫女と成る巫女候補(みここうほ)は、其の装束(しょうぞく)()(もの)の準備の傍ら、当代の巫女に伴い (なら)うことで、巫女拝命(みこはいめい)修養(しゅうよう)とします。  御神木(ごしんぼく)と成られる御準備として、昇天の際には 『立木(りゅうぼく)のまま御神木と成り、(はぐく)みの()を与える』 または、 『倒木更新(とうぼくこうしん)し、次代への(いしずえ)となる』かを 選択なされ、山の神様へとお伝えなさいます。  昇天の御準備として、昇天 成さる巫女は、例外的に その実りへの労力の(ほとん)どを、『記憶(きおく)種子(しゅし) 結実(けつじつ)』へと、()てられます。  やがて結実する多くの種子に、()(まで) 樹の巫女として(つちか)ってきた、生命活動の梶取(かじと)りや 神事に関する事柄(ことがら)を込めて 後世に受け継ぐため、御自身の最期となる 大輪の花を多く咲かされます。  桜の舞いでは、樹の巫女の代替わりが 皆に告げられ、次代の巫女は単身での奉納舞(ほうのうま)いを御披露(ごひろう)なされます。  夏季には、樹々の葉の茂りや、森の生命活動を見守られ、舞い手と歌い手をお選びになります。  秋には、実りの采配(さいはい)をなされ、次代の巫女の装束や採り物は、この頃には御披露目(おひろめ)と、なりましょう。  木の実の振舞いを終える頃には、其々(それぞれ)の巫女の 記憶の種子は、結実されます。  当代の巫女は、完遂を御確認なされた、御自身の お役目と、培ってきた事柄を記憶の種子に込められ、種子貯蔵庫(シードバンク)へと貯蔵なされます。  次代の巫女は、御自身の記憶を種子に込められ、親しい者に託し 受け継ぐないし、種子貯蔵庫へと貯蔵なされます。  そして、其々の御準備を整えられた 樹の巫女は、合わせで舞われる 奉納舞いの舞踊(ぶよう)を確立なされ、山祭り祭典での御披露に 備えます。 『山祭り祭典での、奉納舞いの御披露と、御退任(ごたいにん)』  私達 樹々の健在ぶりや 森の様子を、山の神様へと お伝えする 奉納舞いは、当代の巫女と 次代の巫女の、合わせで舞われます。  当代の巫女は、奉納舞いを以って、其の お役目の完遂と、代替わりし昇天する謝辞(しゃじ)を、山の神様へと お伝えなされます。  次代の巫女は、記憶の()るうちに、最後となる巫女拝命の修養として、当代の巫女より直接、昇天の仕方を倣います。  奉納舞いを終えられた 当代の巫女は、皆に向け、巫女退任の御挨拶を、なさいます。  当代の巫女は、其の お役目の完遂と、代替わりし 昇天なさる旨を、皆にお伝えなさり、皆は、其の御姿(おすがた)を見届け、昇天なさる当代の巫女と、記憶を お失いになられる 次代の巫女に、最期のお別れを告げます。  そして、代替わり成される巫女は、拝命の儀を執り行う事を告げると、次代の巫女のみを伴い、当代の巫女の 居所(いどころ)へと。。。 「…あ! えーっと… や、やっぱ、難解だよねー。 この文章表現。  山の神様に(つか)える 樹の巫女の、代替(だいが)わりと あっちゃぁ、さすがにねー。  ここで一旦、それぞれ どう思われたかを、聞いてみたいと思いますぅ~。」  栃実は、芸能活動で培ったインタビューの技術を駆使して、このあと瑞貴にとっては あまりにショッキングな内容となる、『拝命(はいめい)()』の詳細を読むことを中断して、言葉を濁しながら 舞と 瑞貴に そう問うと、まずは 自らの感想から話し始めた。 「私は… やっぱ、難しいお話しかなぁーって、素直に思うわね。  何度も読み返して、身に着けなきゃ・・・と思ってるんだけど。 ・・・舞は?」 「私も。。。  でも、書かれた書物を読むたびに、瑞樹さまの すごさに、ますます憧れちゃうなぁー。 みぃは?」 (・・・つまりは、お母様は、峰乃 椿様に (なら)う日々が続く。  だったら、お母様とは、あんまり 会えなくなっちゃう。。。) 「あ・・・えっと。。。  栃 姉様の読み方が とてもお上手なので、だいたい()かっちゃいました。」 「うをっ!? ・・・出た! みぃの、超理解力(ちょうりかいりょく)!!  ・・・あとで、分かんないとこ、教えてもらっても いいかな?」 「もちろんですよ、舞 姉様。  『互いに、学び合う』事こそが、知識の修養だと、お母様が よく(おっしゃ)ってましたし。」  この二人の様子を見て、「ふぅ・・・。」と 一息入れると、栃実は、書物の『拝命の儀』の詳細は飛ばして、その事後のところから、朗読を再開した。  新たな樹の巫女は すぐに、山の神様に向け、拝命した巫女の名と授かったお役目を、復唱なされます。 「其の樹種名(じゅしゅめい)を 樹の巫女の御名(みな)と成す、との しきたりに(のっと)り、樹の巫女の名を、拝命致しました。」 「授かりし お役目は、此の身の総てを捧げて 成し遂げる事を、誓います。」 『巫女の代替わり、完了。』  こうして、新たに、お唄に秀でる 樹の巫女と成られた、峰乃 桧様は、大平岩の広場に戻られ、皆に、拝命の儀が滞りなく執り行われ、巫女の代替わりが成された事の御報告と、山の神様より授かりし お役目を、皆にお伝えなされ、是を以て、巫女の代替わりが、完了致しました。  拝命の儀により、神格化(しんかくか)なされた 新たな樹の巫女は、()いる事無(ことな)く、此の森を より()い方へと、導いて下さるでしょう。。。  『樹の巫女の、拝命の儀と 代替わり』の書物を書き上げた 瑞樹(みずき)は、はた と、その手を止めて。 「・・・ふぅ。 でも これで、瑞貴(みずき)とは・・・ あまり一緒には、居られなくなるわね。。。」  そうつぶやくと、瑞樹は、峰乃 椿からの呼び出しに応えて、最後の巫女修養について(なら)うため、種子貯蔵庫(シードバンク)を 後にした。  瑞樹は、峰乃 椿の居所への道すがら、これまでの事を 思い返す。  ・・・奥山流 峰乃派(おくやまりゅう みねのは)が… 途絶える事に、なってしまうけれど。。。  いまとなっては、最早、(いた)方無(かたな)い事。  舞を、師範代(しはんだい)に…? いけないわ。  あの娘には、『次代の巫女に成る!』という、願望があるもの。  いくら私が師匠であるとはいえ、愛弟子(まなでし)の願望をないがしろになんて、出来ない。。。  …樹々の(はざま)より、御神木(ごしんぼく)(のぞ)む。  峰乃 椿様の、真紅の椿花(つばきばな)に、彩られて…か。  山の神様。 (わたくし)に下された、 『復興した壱乃峰の森が、(さら)なる発展を()げ、より善い森へと導くための、人材の出現の手助けと、()布石(ふせき)となる。 瑞樹、成し遂げて みせよ。』 其の 神託(しんたく)の実現は、あと少しです。。。 「・・・初回の、(わたくし)(なら)う修養は、此処迄(ここまで)と、致しましょう。  それでは、瑞樹。 貴女(あなた)の身近な門下生への 春の芽吹きの指示を、お任せ致します。」  瑞樹は、その居所(いどころ)である、ブナ大樹の木陰に()種子貯蔵庫(シードバンク)へと戻ると、すぐに、居合(いあ)わせた 瑞貴 舞 栃実へ、春の芽吹きを(うなが)す。。。  …しかし、森林知識の修養にも(はげ)んでいる 巫女実生(みこみしょう)たちは、すでに、瑞樹が促すよりも早く、それぞれの新芽を芽吹かせようとしていた。  早春に芽吹く ブナの若木(わかぎ)である 瑞貴は、もう若葉を広げ始めている。  壱乃峰の最上部を居所としている 舞は、アカマツの針葉(しんよう)の新芽を、準備して。  高台の上部の 豊かな天然林に点在しているトチノキの中でも ひときわ美しい樹形(じゅけい)の栃実は、その若葉を守る 蜜を含んでテラテラ光る鱗片(りんぺん)を、早くも脱ぎ去ろうとしていた。  それらを見届け、優しく (ねぎら)いの言葉を掛けると、瑞樹は、瑞貴を誘い出した。 「早くも、(わたくし)の、知識に秀でる巫女装束(みこしょうぞく)の制作を、開始する事となりました。  それには、瑞貴の 書物を紐解(ひもと)く能力が、必要です。  (これ)も、巫女知識の修養としますので、手伝ってね?」 「はい! もちろんです、お母様!」  少しでも長く、母と一緒に居たい瑞貴は、『樹の巫女の、装束(しょうぞく)()(もの)』の書物を手に取ると、瑞樹と共に、知識の修養の場を 後にした。  二人きりになった 栃実と 舞は、仲良く寄り添いながら、先程 読み飛ばしてしまった『拝命の儀』についての 詳細部分を、黙読する。 「…ねぇ、舞。 これ、まだ みーちゃんには… 読んであげられないよね。」 「うん…。 いくら 樹の巫女に成る儀式とはいえ・・・ 『お母様が、雷に()たれて・・・ 記憶を抹消(まっしょう)される』 なんて。。。」 「でも・・・ みーちゃんなら、すぐにでも 自分で読んで、理解しちゃうだろーけどね。  …今のところは、みーちゃんに読んであげられるの、コレくらいかな・・・?」 『拝命の儀』  『樹々や森林は、破壊と再生を繰り返して成長する』事の象徴ともなる、()の拝命の儀は、代替わり成される巫女 以外は、立ち会うことを許されておりません。  それでも 皆が、朧気(おぼろげ)ながらも何が起こるのかを知っているのは、峰乃様が、眠りの唄に込めて歌って下さるが(ゆえ)で ございます。  代替わりの天雷(てんらい)(たまわ)った 当代の巫女は、()御霊(みたま)()り、また、頭頂の神具(しんぐ)へと流れた 破壊の側撃雷(そくげきらい)を賜った 次代の巫女は、其の記憶を お失いになられます。  当代の巫女の御霊が 月光に導かれて昇天なされたのち、山の神様が天雷に込められた 再生の神力(しんりょく)を授かった 次代の巫女は、神格化した 新たな樹の巫女と成られます。  その一方、奥山流 峰乃派の 舞いの稽古場では、瑞樹と瑞貴が、知の巫女装束の制作準備をしている。 「・・・瑞貴。  まずは、巫女実生(みこみしょう)の瑞貴から見た、峰乃 椿様の巫女装束(みこしょうぞく)の印象から、聞かせてもらおうかしら。」 「はい、お母様。  …やんごとなき事由(じゆう)から、舞いに秀でる巫女と()られた峰乃 椿様の、装束は。。。」 9e099a74-c231-4d51-b959-f23782657711 「急ごしらえで、他に依頼できる巫女候補(みここうほ)もおらず、大崩落(だいほうらく)からの復興にすべてを捧げられていたため、仕方なくは ありますが・・・。  あ… でも、奉納舞(ほうのうま)いの最中は、峰乃 椿様 独特の舞踊(ぶよう)が、あらゆる”仕方(しかた)なき(こと)”を、補っているかと思います…。」 「…()()ね、瑞貴。 ちょっと、答え(づら)い質問だったかしら?  最も伝えたい事柄は、峰乃 椿様の 舞いの巫女装束は、理想形のものでは無い、という事です。」 「そして、これから制作に入る、(わたくし)の 知の巫女の装束もまた、理想形が無いため、それを構築する(ところ)から 始めねばなりません。」 「巫女装束は、自らで制作する事が基本ですので、まずは、この書物を紐解(ひもと)きながら、知の巫女の装束の 理想形を探る事と、致しましょう。。。」  瑞貴は、両脚(りょうあし)を投げ出して座ると、手にした書物を開く。  瑞樹は、まだ甘えん坊な瑞貴に 応えるかのように、くずした正座で瑞貴を後ろから抱きかかえるように座り、知の巫女の(こう)を開く。  瑞貴は、開かれた その項から読み始め、瑞樹は瞳を閉じて それを聴きながら、巫女装束の理想形を 探る。 『樹の巫女の、装束(しょうぞく)()(もの)』 【知識に秀でる 樹の巫女の、装束と採り物】 『特に知識に秀でる 樹の巫女は、(おうぎ)を持ち、祝詞(のりと)を、(みやび)なる(こと)()として、山の神様に奏上(そうじょう)する。』  との (なら)わしに(のっと)り、()れを(まと)う と、されております。  なお、近代では、知識に秀でる 樹の巫女が現れていないため、口伝(くでん)による伝承(でんしょう)を、(しる)す事と させて頂きます。 ・知識に秀でる 巫女装束  装束は、知識に秀でる巫女のみ (そで)が付いた千早(ちはや)を纏い、開いた前部(ぜんぶ)を合わせ、胸部前面(きょうぶぜんめん)の 装飾を兼ねた胸紐(むなひも)(むす)()める、と されております。  (これ)は、山の神様に祝詞を奏上する際、祝詞が記された木簡(もっかん)()の袖に入れて持ち運んでいた事から、このような仕立てと成ったと、(うかが)っております。  お()しになる際は、両腕を袖に通し、前部を合わせ、細い胸紐で合わせ目を結び留めます。 「あぁ… 見えて来たわ。 有難うね、瑞貴。  千早は、他の其れとは全く違って、袖が付いている事、前合わせで着用して、胸紐で結び留める 構造なのね。」 「さらに、袖に木簡を入れるとなると、それなりに強度も必要・・・。  そのまま奉納舞(ほうのうま)いにも使うのですから、全体的に頑強(がんきょう)仕立(した)てにしないと。。。」  装束の全体としましては、お唄に秀でる巫女の装束と同様に、緩やかな仕立てと成っているようですが、(これ)は、祝詞(のりと)(はっ)せられる際の、御身体(おからだ)への圧迫(あっぱく)を軽減するためであると、考えられます。  なお、奉納舞いの際にのみ、幅広(はばひろ)の 朱色の胸紐(むなひも)を、胸下(むなした)から腰部(ようぶ)の辺りに巻き、御身体の前面にて 其れを結び留めます。 「そう。。。 幅広の胸紐も、別に制作・・・。  是は、千早を完成させてから、改めて考える事と、致しましょう。。。」 ・知識に秀でる 装飾 天冠(てんかん)  天冠は、前天冠(まえてんかん)とは異なる形状となっており、装飾の部分は同様なのですが、支台(しだい)は 平らな円形の、王冠で囲う様な形状となっております。  支台の中心部からは、装飾が、垂直に天を(あお)いで伸びており、是は、御自身(ごじしん)の葉や花など 其の樹種(じゅしゅ)を表すものが、天を仰ぎ 太陽の恵みを頂く様を表現する、と されております。 「・・・やはり、天冠も… 他の其れとは 全く違うのね。。。  まずは支台を (いく)つか試作する必要が、ありそう。」 「装飾は、大きなブナの葉を主軸(しゅじく)として… 支台が出来たら、其れに取付けましょう。。。」 ・知識に秀でる 採り物  現存する(おうぎ)が無く、口伝による情報も寡少(かしょう)なため、推察に()りますが、祝詞(のりと)が記された木簡(もっかん)を束ねて 片側の端を留め、扇としたものが原型であると、考えられます。  また、此の扇は 採り物であるため、其の用途は 扇子(せんす)とは異なります。  (あお)涼感(りょうかん)を得るためでは無く、祝詞を奏上する際には 木簡に記された祝詞を読み上げ、奉納舞いの際には 其の舞いの 一助(いちじょ)となるような、用途と成りましょう。 「・・・扇も、それなりの強度が 必要なのね。。。  しかし、祝詞が書かれた木簡を 千早の袖に入れて持ち運ぶなら、可能な限り薄くして、軽量化しないと…。  では、その都度 祝詞を書き換えられる木簡と、奉納舞いなどの神事(しんじ)に使用する扇とに、分けて制作しましょう。  …総ての試作が出来たら、ここで実際に、奉納舞いを舞ってみましょうね。」 「お母様、奉納舞いの際は、袖に入れた木簡は どうするのでしょう?」 「まぁ! その通りだわ。 善い処に気付いてくれましたね、瑞貴。  さすがに、祝詞が書かれた木簡を 袖に入れたままでは、奉納舞いは出来ないでしょうから・・・。  峰乃 椿様に、相談してみる事と、致しましょう。。。」 「奉納舞い といえば… お母様。  桜の舞いでの 奉納舞いや、舞い手は… どの様に なるのでしょう?」 「あらあら。 それも、早く皆に お知らせせねば、なりませんでしたね。  現在 (わか)っている事や、決まっている事柄(ことがら)は・・・。」 「奉納舞いでは、(わたくし)が 単独での舞いを披露する事、舞い手の受付が、もうすぐ開始される事。  そして、山桜さんは、若手に世代交代なさるため、もう 舞い手にはならず、巫女候補として、祭典の準備や 進行役に専念されるそうですよ。」 「そうなのですね。。。  では、お母様が、山桜流に ご挨拶に伺うときは、私も連れて行って下さい。  いろいろと、お話ししたい事も、ありますし・・・。」 「解りました。 その際には、瑞貴にも 声を掛けるわね。。。」
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