4話【森の調和は、譲り合い。】

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4話【森の調和は、譲り合い。】

 『峰乃 橅(みねの ぶな)拝命(はいめい)から、3度目の早春。  ()だ樹々が夢の中にいる壱乃峰(いちのみね)の森では、峰乃 橅による眠りの唄 最終楽章が、子守歌のように唄われている。  ~この大雪で、回復した実りある樹々の多くは、折られてしまいました。  しかし、新たに現れる 知識に秀でた巫女候補(みここうほ)が、きっと集団折損(しゅうだんせっそん)した樹々を、ひいては皆を、より()く導いてくれる事でしょう。  その者の名は・・・ブナの娘 瑞貴(みずき)()います。~  この唄を聴いたマルバマンサクは、 「あの(かしこ)い瑞貴ちゃんなら、大丈夫ね。」 と ひと安心すると、春が来たことを知らせる その花を開き始めた。  他の誰よりも早く芽吹いた瑞貴は、災厄(さいやく)への対処が記された陰書(いんじょ)紐解(ひもと)くため、陰書書棚(いんじょしょだな)(おもむ)く。  いつもは、あまり長居したくないと思うほど薄暗く陰湿な雰囲気の陰書書棚は、今だけは残雪に反射した陽光に照らされている。  そして瑞貴は、そこに書簡(しょかん)がひとつ置かれていたことに気付いた。 「瑞貴へ・・・。 これ、お母様の字だ。。。」  すぐに開かれた書簡には、起こり得る災厄に対処するために紐解くべき書物について、その(いく)つかが記されていた。  森林知識に秀でる瑞樹は、集団折損をも予見し、その際に愛娘(まなむすめ)が迷い誤らないようにと、この書簡を(のこ)してくれていた。  「お母様、ありがとう。。。」  と つぶやくと、瑞貴は、雪折(ゆきお)れの項に目を通す。  今回の集団折損は、災厄への対処というよりは、樹の生育方法に問題があったみたい。  瑞貴は瑞樹(みずき)のアドバイス通りに、対面にある発展編 森林知識の書棚から『健全なる樹々の生育のために』の書物を取り出すと、樹々本来の生育方法を紐解く。  密植(みっしょく)されていたことが原因だったと、すぐに理解した瑞貴は、 「大崩落(だいほうらく)からの早期回復が重要だったから、仕方ないけど・・・。」 と(ひと)()ちると、回復後の樹々の 森の理想像を描くため、『豊かな天然林』の書物を開いた。  ~真に豊かな天然林とは、実りある樹々が優占(ゆうせん)する、多様性(たようせい)のある針広混交林(しんこうこんこうりん)。  樹々の世代や樹高(じゅこう)も様々であり、また、木漏れ日などによって陽光が差し込む林床(りんしょう)には、若木や稚樹(ちじゅ)や、地表に咲く草花をも、見ることが出来る。  これは、寿命が尽きた巨樹が倒れる、大風(おおかぜ)や積雪によって大枝が落とされるなどによって形成された『(はぐく)みの()』に()るものであり、その恩恵を受けて生長(せいちょう)する樹々は、相互に適度な空間を保ちつつ、破壊と再生を繰り返し、世代交代をしながら、その生命活動を行う。~ 「育みの座… 適度な空間を保つ、破壊と再生を繰り返して、世代交代を…。  そうして私たち樹々が生長するために、大切なことは・・・?」  一条の光を求めるかのように、瑞貴は、これら(すべ)てを包括(ほうかつ)する(こと)()を、模索する。  書物を開き持ったまま、書棚を離れた瑞貴が、 「なぜ考え事をすると、歩き回ったり 空を見上げたりするのかな。。。」 と、そのすぐ近くを居所(いどころ)とする峰乃 橅を、(あお)ぎ見る。  積雪に耐えきれず落とされた大枝があった所からは、柔らかく暖かな早春の陽光が差し込んでいる。  (まばゆ)く反射するその箇所だけは、雪が()け始め、枝先を雪上に出したマルバマンサクは、その花を開こうとしている。  その光景を見て、瑞貴は、ひらめいた。 「譲り…合う、こと。 枝が折れても再生できるんだから・・・。  この お花が咲けるように、譲り合って生長することが、大切なのね。」  自らで会得せねばならない、森林知識のひとつ『譲り合い』。  それを得て、瑞貴が巫女実生(みこみしょう)としての修養(しゅうよう)修了(しゅうりょう)した、と見極(みきわめ)めた峰乃 橅は、瑞貴に、知識の素養(そよう)に秀でる巫女候補(みここうほ)()るべく、『成樹(せいじゅ)()』を()り行うことを、申し伝えた。  次の、(あかつき)。  峰乃 橅は、その居所に瑞貴を伴い、山の神へと祝詞(のりと)奏上(そうじょう)する。 「(これ)より、成樹の儀を執り行います。  山の神様。 どうか瑞貴に、善き恵みの雨を、お授け願います。」  山の神は、『記憶(きおく)種子(しゅし)結実(けつじつ)の能力と その『受容体(じゅようたい)』を宿した神力(しんりょく)を、雨雲に込める。  雨雲は、昇り始めた朝日を(さえぎ)り、壱乃峰上部の高台へと至る。  瑞貴と峰乃 橅の頭上に至った雨雲は、その周囲にのみ、恵みの雨を降らせる。  雪を融かす春雨ともなった恵みの雨を、瑞貴は全身に、充分に浴びる。  やがて、通り雨を降らせた雨雲が雲散霧消(うんさんむしょう)すると、壱乃峰は再び陽光に照らされ、雪融(ゆきど)けの水蒸気が立ち込める中では、そのブナの若木が、全身に(まと)った(しずく)を朝日に輝かせている。 「心身が、清められていく。。。  (てのひら)には… 枝を伝った記憶が、集中する感覚。」 「そして・・・ お母様から託された、記憶の種子を… 私は・・・。」  最後まで残っていた雪も融けた その箇所に集った皆は、書物を片手に集団折損した実りある樹々を観察する、瑞貴の姿を見守っている。 「・・・やはり、こうなってしまいましたか…。  もし、峰乃 椿(みねの つばき)様が これをご覧になったら、お(なげ)きになられるでしょうね。。。」  ささやかれる落胆(らくたん)の声を制すると、瑞貴は、つとめて明るく振舞いながらも、丁寧な口調で、皆に語りかけた。  皆さん、この樹々が雪折れから立ち直って、元通りに… とは行かないまでも、その()(みの)らせ振舞う方法は、あります。  まず、この雪折れの本当の原因は、大雪によるものでは無いと、考えられます。  大崩落で流出した土壌の回復を重んじるあまりに、この樹々は、隙間なく植えられ生育する事となりました。  また、多くの実りを得ようとしたために、私たちが初秋に摘果(てきか)をするような、間引(まび)きが行われませんでした。  伸び伸びと枝を張ることも、多くの葉を茂らせることも出来ずに ひしめき合って生育した結果… ご覧下さい、どの樹も、幹が細いでしょう?  これでは、大雪に耐える強度が、保てなくなってしまいます。  では、どのように対処すれば良いか。  その答えは、雪折れをまぬがれた樹を、大雪にも耐えられる元気な樹体(じゅたい)にしてあげること、つまり、枝を伸ばし葉を茂らせる余裕を持たせてあげることと、私は考えます。  そして、元気になった樹は、より多くの木の実をつけることが出来ますので、実り全体の量が大幅に減ることはないと、推測されます。  そのために行う手入れ作業は、折れてしまった枝や倒木を除去し、まだ元気のある樹を点在して残すことが最善であると、提案いたします。  やがて、瑞貴が提案した通りに手入れされた 実りある樹々は、多くの葉を芽吹かせ、特にコナラの、葉を広げるとともに咲いた多くの花は、今秋の豊かな実りを期待させた。   ほんのり色づいた、桜並木に囲まれた大平岩(おおひらいわ)の上で、峰乃 橅は、皆への開花の頃合いや 実りの豊凶(ほうきょう)の指示を終えると、瑞貴を舞台上へと招いた。 「皆様。 知識の素養に秀でる巫女候補は、秋の実りや振舞いの指標となる存在でございます。  新たに巫女候補と成った 瑞貴の、実りに至る過程までをもご参考とされ、善き実りや振舞いとなるよう、宜しくお願い致します。」 「それから、重要なお知らせがございます。  森の調和の道標(みちしるべ)につきましては、瑞貴の新たなお務めと致し、その手法や目標を皆様に()く、と させて頂きます。」  新たなお務めについて紹介された瑞貴は、皆に深々と一礼すると、『育みの座』についての解説を始めた。  分かりやすくお話しするため、実体験を交えての解説、と致しますね。  皆さんがご存じの通り、そしてご覧の通り、峰乃 橅様は大枝の雪折れに見舞われました。  しかし、この程度でしたら、私たち樹々に備わっております 再生の能力にて傷を癒し、再び枝を伸ばし葉を茂らせる事が出来ます。  その大枝があった 開けた空間からは、陽光が差し込むようになり、そこに生育する若木は… つまり私の事なのですが、より陽光を浴びられるようになります。  峰乃 橅様は、私が浴びる陽光を遮らないよう、枝葉の再生をなされますので、私は大きく成長することが出来ます。 これを『育みの座』、と云います。  皆の、納得した表情に ひと安心した瑞貴は、手にした書物を開くと、続けて森の調和の道標について語った。  さて、この書物によりますと、本当に豊かな天然林の樹々は、適度に隙間を保って健全に生長するとされており、また、その隙間とは、枝折れや倒木といった破壊によって出来たものと、記されております。  育みの座の形成や、集団折損からの回復と、よく似ていますね。  さらには、このように、私たち樹々が破壊と再生を伴い成長することで、やがては森林全体の調和を保ち、豊かで健全な森であり続ける、とも記されております。  森の調和を保つ道標につきまして、皆様に分かりやすく解説させて頂くにあたり、私は、この書物から ひとつの言の葉を見出しました。  それは、『譲り合い』。  例えば、育みの座を形成しても、再び陽光を遮ってしまっては 若木は成長できませんし、集団折損においても、再び密植と同じ状態になってしまったら 積雪に耐えられない細い幹のまま、となってしまいます。  私たちが、譲り合って枝葉を伸ばし広げて成長すれば、適度な隙間が保たれますし、皆が元気に成長した森は、調和を保ち続けることでしょう。。。  すぐにも満開となりそうな桜並木に囲まれた大平岩の広場では、春の祭典 桜の舞いの、準備が進められている。   (まい)は 自身も舞う舞台を整え、栃実(とちみ)は山桜と 祭典の進行について話し合う。  瑞貴は、祭典について記された書物を片手に、手伝いに来てくれた皆とも協力しながら、広場を祭典の会場へと仕立てる。  巫女候補のお(つと)めである 祭典準備の作業を終えて、書物を食い入るように読みながら最終確認をしている瑞貴に、作業着姿の女性が声をかけた。 9d1f7e0e-1a7a-43e3-8615-0b4f14025d33(かつら)さん! おかげさまで、祭典準備も すっかり整いました。  ほんとに、何でも作っちゃうんですね。」 「瑞貴も、巫女候補のお務め、お疲れ様。  今日はね、手伝いついでに、頼まれてた眼鏡が出来たんで、持って来たのよ。」  瑞貴は、手渡された桐箱(きりばこ)を開けて、中にあったフレームレスの眼鏡をかけると、書物の続きを読んでみる。 「~また、当代の巫女である峰乃様の お務めに(なら)う事も含め、神事(しんじ)をお手伝いし 峰乃様の手助けとなる事もあります。。。  お母様の字が、良く見えます! 桂さん、ありがとう!」 「どういたしまして! …やっぱ、シンプルに仕上げたの、正解だったわ。  瑞貴、良く似合ってるわよ。  …でもね、そんなに頑丈な造りじゃないから、奉納舞(ほうのうま)いとかでは、外すようにしてね。」  「分かりました」と、にこりと微笑んだ瑞貴に応えると、桂は、開かれたままの書物をちらりと見て、瑞貴に(たず)ねた。 「どうして瑞貴は、目が悪くなるまで頑張って、本を読んでるの?  技術屋の私には分かんないけど… やっぱ、巫女になりたいから?」 「いえ・・・ 私が巫女に成ったら、誰が森の調和を、説くのでしょう。  私が森林知識の理解に(はげ)むのは、知識や口伝(くでん)を 皆に分かりやすく伝え、森の調和を保つ 一助(いちじょ)となりたいから。  今は、そう考えています。」 「自分じゃなく、皆のため。 森の調和を保つため… かぁ。  それ、気に入った!  私も、皆のために役立つものを、(つく)っていきたいな。。。」  二人の想いを後押しするかのように、暖かな風が吹き抜ける。  青空に舞い上がった桜吹雪は、壱乃峰(いちのみね)の森に、春の訪れを告げた。  峰乃 橅は、この桜の舞いから 新たにお務めに加えた、樹の巫女を目指す者達の育成記録をつけながら、舞いの披露を見届ける。  瑞貴/お唄△ 舞い△→〇 知識◎ 育みの座は、舞いの素養をも向上。  栃実/お唄◎ 舞い〇 知識△ 神事の舞いよりも、抜群の歌唱力を磨くと善い。  舞 /お唄〇 舞い◎ 知識△ 舞いの素養は、師匠の山桜をも凌駕(りょうが)する。  …合わせ にて、共に舞うのが 楽しみね。。。 「~巫女候補のお三方(さんかた)による、善く精進なされた見事な舞いをご披露頂きました。」 「瑞貴によります、『新緑の輝き』。  栃実によります、『新緑に(またた)く』。  舞によります、『新緑の(きら)めき』。」 「(これ)に続きましては、祭典の()(くく)りとなります・・・ (すべ)ての舞い手による 春の舞い!  峰乃 橅様によります、『若葉の舞い』をも交え、共に舞いを披露して頂きましょう!」  峰乃 橅は、瑞貴 栃実 舞を舞台の最前に(いざな)うと、後方に下がって(おうぎ)(ひるがえ)した。  それを合図に舞い始めた瑞貴は、控えめな立ち位置ながらも、姉様(ねえさま)たちと共に舞うことを楽しみつつ、太陽の恵みを受けてキラキラ輝く新芽を芽吹かせた喜びにあふれる舞いを、披露する。  栃実は、舞と まるで双子の姉妹のように息の合った振りで舞い、新緑の季節の陽光に感謝し その(まぶ)しさに瞬く様子を、表現する。  舞は、栃実と目を合わせ、二人が対となるような 躍動感のある枝の振りで、春の日差しに(きら)めく新芽を開葉(かいよう)できたことに感謝する舞を、魅せた。 9ce1eecc-2d61-4f60-b089-0f391023a70f  共に舞う、瑞貴 栃実 舞の 友情と絆までをも感じ取った峰乃 橅は、全員が舞い手の一次選考を通過したことを皆に告げると、舞を(ともな)って、再び観客席に向き直った。 「舞いの素養とは、祭典や奉納舞(ほうのうま)いの文化を継承する事であり、また、舞いの素養に秀でる巫女候補は、美しく生長した樹体の指標となる存在でございます。」 「舞の、此度(こたび)の奉納舞いは、かつて舞いに秀でる巫女であったご神木(しんぼく)の、伝説とも(うた)われた舞いを彷彿(ほうふつ)とさせました。  皆様には、舞の 美しき樹体と 優雅なる舞いを、善き手本となされ、健やかな成長と、奉納舞いの継承や発展をなさって頂きたく存じます。」  山桜が、指標となった舞を『伝説の舞姫』と(しょう)すると、舞台上には改めて大きな拍手が送られて、春の訪れを祝う祭典は 終演を迎えた。  桜の花枝に彩られたゲートをくぐると すぐ左側にある茶店(ちゃみせ)で、栃実と瑞貴は 舞が指標となったことを祝いながら、桜の舞いの打上げをしている。 「それにしても、三人でのコラボ舞い、すっごく楽しかったね~!」 「みーちゃんも、舞いを楽しむ余裕ができたみたいだし・・・。  舞も、いつも以上に すごかった!   ねぇ、舞。 やっぱ舞うことが好きだから、上達も早いのかな?」 「うん、好きだけど・・・。  私にとっての舞いは、とっちみたいな、好き! 楽しい! って感じじゃなくてね。」 「もっと、こう… 衝動って言うか、何かに突き動かされるみたいに、『舞いたい! もっと高みに!』って想いが、自然に()き上がって来るんだよね。  私も不思議に思ってるんだけど・・・ みぃ、何でだろうね?」 「それは… 巫女知識の、とても難しい書物に書いてありました。  私も、どうお話したら良いか… ずっと考えてたんですけど・・・。」 「壱乃峰の頂上に()る、ご神木(しんぼく)のアカマツ。  その系統を調べてみたら、舞 姉様(まい ねえさま)は・・・ ご神木の系統だと、(わか)ったんです!」  驚きのあまりに絶句している栃実をよそに、舞は、(あこがれ)れだけでは抱けないだろう、巫女を(こころざ)す強い動機が、巫女の系統によるものだと瑞貴に気付かされ、すぐにその想いは確信へと変わった。 「みぃ。。。 私は、舞いの巫女に成るべくして、舞っている。  そう思っても、良いのかな・・・? 」 「勿論(もちろん)ですよ!  でも、それにおごる事なく精進すれば、舞 姉様は きっと、素敵な舞いの巫女と成れるでしょう。」 「それと・・・ 山桜師匠が(おっしゃ)った、伝説の舞姫。  ご神木が舞っていた、伝説と云われている奉納舞いも、舞 姉様なら継承できるかもしれません。」 「すごく・・・嬉しい。  ありがとう、みぃ。 また いろいろと教えてね。」 「はい! 私も、得た知識が、舞 姉様の喜びとなって、嬉しいです。。。」 「ほんとに みーちゃん、何でも知ってるのね。  それに、その知識は、必ず誰かの役に立ってる。  ・・・もう、みーちゃんとは呼べないね。 瑞貴先生・・かな?」 「そんなぁ・・・ 栃 姉様(とち ねえさま)、先生は止めて下さいよぅー。」 「えー? だって、眼鏡してる瑞貴って、これで書物とか持ってたら、もぅ先生にしか見えないよ~。」 「じゃぁ・・・ このまま知の巫女に、成っちゃうのかな・・・。  でも、みぃが巫女に成ったら、いまと同じ峰乃 橅様に。。。」 「あ! 舞 姉様には、お話ししてませんでしたね。。。」  瑞貴は、少し申し訳なさそうに、巫女に成らないと決めたことを、舞に話す。 「私は巫女に成らず、皆に近しい 森の調和を保つ存在でありたいと、考えています。  それと… お母様から託された記憶の種子は… 紐解いて記憶は受け継ぎましたが、舞いなどの素養は、この身には宿していません。」 「え!? そうだったの? じゃあ、みぃが得た知識は。。。」 「はい。 総て、お母様が(のこ)してくれた、書物によるものです。  この記憶の種子には 書物の総てを込められる容量がありませんし、何より、お母様の高い素養は 私ではない、大切な誰かに受け継いでもらいたいと、考えています。。。」 「えっと… いまは書物が手元にないので、詳しいお話は・・・ 次のお稽古(けいこ)ででも。。。」 「お稽古・・・ あっ… いっけない!  山桜師匠が、お稽古場に立ち寄りなさいって言ってたの、忘れてた!」  (あわ)てて茶店を後にした三人は、桜舞う東谷街道(ひがしたにかいどう)を、駆けて行った。。。  梅雨にちなんだ 恵みの雨の修養を終えると、峰乃 橅は、どんよりとした曇り空と同様の暗い表情で、巫女候補の三人に語りかけた。 「(わたくし)のお役目でもあります、後継者育成のための修養は ここまでと致します。」 「続きましては… 巫女候補たるもの、災厄(さいやく)主因(しゅいん)ともなった、『アバレギ((あば)())』についても、知っておかねばなりません。  (これ)につきましては… 瑞貴さん。 陰書(いんじょ)紐解(ひもと)き、貴女(あなた)が語って差し上げなさい。」  瑞貴は、書物『暴木(アバレギ)の出現要因と、抑制について』を開くと、その重要な部分を読み上げる。  ~(おの)()きる道に迷い誤った樹は、やがて自らの樹体(じゅたい)を成長させる事だけを考える、暴木と化してしまう。  暴木が、共に活きるはずの 森の仲間を(かえり)みず、(おのれ)のみを成長させた結果、森全体としての樹勢(じゅせい)(おとろ)地盤(じばん)(ゆる)み、大崩落(だいほうらく)のような災厄の、引き金とも成り得る。  また、暴木の存在を知ると、その者が暴木に転化する恐れがある。  何故なら、樹の生き方としては、暴木と化した方が 自らの樹体を成長させるのには、都合が良いからである。  では、その抑制方法としては。。。  現在では、暴木の事を(おおやけ)にはせず、巫女修養に()いて等、一部の見識(けんしき)ある者にのみ語り継ぎながら、この森の調和を第一に考え 良い方向に導く存在の出現を待つしか無いと、考えられる。~ 「大崩落の主因につきましては、以前に姉様たちに朗読してもらった書物にありますので、今回は いかにして樹々がアバレギと化したかを、紐解いてみたいと思います。」 「なお、これからお話しする、アバレギ三羽烏(さんばがらす)と呼ばれた『サワラ』『イヌシデ』『カラスザンショウ』。  これらは現在、壱乃峰(いちのみね)の森にも生育していますが、これらの樹種が必ずアバレギと化すとは限らない事に、まずはご注意下さいね。」  サワラは、先々代(せんせんだい)の巫女であられた 峰乃 桧(みねの ひのき)様の、すぐ近くに生育していた、巫女候補でした。  容姿もよく似ていたため、何かと比較される事が多かったサワラは、峰乃 桧様が巫女を拝命してからは、 「桧がいなければ、私が巫女に成れたかもしれない。」 と考え始めました。  峰乃 桧様への、(ひが)みや(ねた)みは日に日に増して、やがては 「巫女に成れないなら、せめて桧よりも、大きくなってやろう。」 と 思うようになり、アバレギと化してしまいました。  イヌシデも、巫女を目指しましたが…。  『死出(しで)』を意味する樹種名(じゅしゅめい)で、黒くおどろしい紋様(もんよう)が入った樹皮(じゅひ)を持ち、小さな葉が密生(みっせい)して日光を遮るような、生育の仕方をします。 「実りも恵みも無いばかりか、自分が成長すると他人に影を落とす。」  さらには、 「黒衣(こくい)の巫女になんて、成り得ない。」 と考えるようになり、巫女に成れない自らに絶望し、アバレギと化したそうです。  カラスザンショウは、その枝葉や実の刺激的な(にお)いから、 「虫や鳥も食べに来ない、自分は誰の役にも立たない。」 と思い込み、さらに、幹の上部や枝に(とげ)がある通りの、自らの刺々(とげとげ)しい性格をも(なげ)いた結果、アバレギと化したようです。  …これらを簡潔にまとめますと、サワラは僻みや妬みの感情を強め、イヌシデは自らの生育の仕方と巫女に成れないことに絶望し、カラスザンショウは誰の役にも立てない事と 刺々しい性格である自分を、嘆きました。  ・・・アバレギの発生要因は、暗い森になる事よりも、陰の感情や自分勝手な考え方、自らへの絶望や嘆きにあるようだと、私は考察しました。 「…(よろ)しい。 では、()の修養の総括(そうかつ)として、私の見解を示しましょう。」 「アバレギの出現を抑制するためにも、皆が譲り合って生長することが、重要と考えられます。」 「そして 舞、栃実、瑞貴は、巫女候補として 樹々の()き生長の指標とも成り、皆をアバレギの無い森へと導くよう、精進なさい。」 「()ずは… 今後は、お唄の修養にも、励むように。  梅雨が明ければ、夏祭りが控えておりますから。。。」  夏祭りのソロライブで『(ゆず)()』を唄い終えた栃実は、観客席から声援を送る 瑞貴や皆に手を振ると、サポート役の舞が待つ、舞台脇の(ひかえ)(じょ)へと下がる。  すぐに舞から差し出された飲み物で、栃実は (のど)(かわ)きを(うるお)しながら一息つく。  舞は、栃実の汗を丁寧に()き、祭典用の巫女装束(みこしょうぞく)を整える。  仲睦(なかむつ)まじく語らいながら 次の出番の準備を進める二人と、交代するように舞台に上がった山桜は、峰乃 橅と舞台の中央最前に立つと、皆の拍手に応えた。 「最後のお唄も歌われ、今夏の夏祭りも終演が近づいてまいりました。  峰乃 橅様、今夏のお唄は、如何(いかが)でしたでしょうか?」 「(わたくし)としましては、森の調和を願い、譲り合いの心が込められたお唄が多く歌われたことを、嬉しく思います。  また、これらの素敵なお唄を歌い上げた 栃実の歌唱力は、日々の精進の賜物(たまもの)であるかと存じます。」  峰乃 橅は、栃実の準備が整ったことを確認すると、舞台に招いた。 「お唄の祭典 夏祭りに(ちな)みまして、ここで、お集まりの皆様に、重要なお知らせをさせて頂きたく存じます。  …すでにお気付きかとは存じますが、お唄の素養に秀でた巫女候補の栃実を、皆の指標と致します。」 「抜群の歌唱力は言わずもがな、皆様の想いを お唄に込める感性や表現も、賞賛(しょうさん)(あたい)するものでしょう。  皆様には、栃実を善き手本となされ、程好(ほどよ)く茂らせた葉による美しい葉音を(かな)でられるよう、願っております。」 「また、お唄の素養とは、想いをお唄に込めて奏でるのみならず、先人の口伝(くでん)を後世に歌い継ぐためのものでございますから、是等(これら)も同様に、栃実を指標となさって頂きたく存じます。」  山桜が、栃実を『壱乃峰の歌姫』と(しょう)した合いの手に応えると、峰乃 橅は、神妙な面持ちで、再び皆に語りかけた。 「皆様には、初めて明かす事となりますが・・・。」 「山の神様は、未だ巫女拝命(みこはいめい)以前の私に、ある神託(しんたく)を下されました。  『復興した壱乃峰の森が、(さら)なる発展を()げ、より善い森へと導くための、人材の出現の手助けと、()布石(ふせき)となれ。』と。  ()の神託は、只今 成し遂げられました。」  舞と瑞貴をも舞台に招くと、峰乃 橅は、優しい微笑みをたたえながら、祭典を()(くく)(こと)()(はっ)した。 「壱乃峰の歌姫、栃実。 伝説の舞姫、舞。 森の調和を説く、瑞貴。  お唄 舞い 知識の指標となる、高い素養を身に着けた巫女候補(みここうほ)此処(ここ)(そろ)い、神託にある、人材の出現は成されました。」 「此の若き巫女候補たちを善き指標とし、譲り合いの想いを胸に、これより訪れる秋の実りは勿論(もちろん)のこと… ゆくゆくは 壱乃峰の森を、より善い森へと導くため、皆と共に歩んで参りましょう!」  高台に(つど)った実りある樹々に、今秋の『木の実の豊凶(ほうきょう)』を伝え終えると、瑞貴は、(かたわ)らで見守る峰乃 橅に耳打ちした。 「あのお話を… させて頂いても、よろしいでしょうか。」  大きく(うなづ)いた峰乃 橅が 皆に一声掛けたのに続いて、決意に満ちた眼差しと(りん)とした面持ちで、瑞貴は皆へと向き直り、ゆっくりと語りかけた。  樹々の実りは、森を育み、森の調和を保ちます。  皆さまどうか、善き実りを。  そして… (なが)らく考え続けてきました、森の調和の道標を示す手法についての結論が出ましたので、この場をお借りしてお伝えさせて頂きます。  お母様が(のこ)してくれた これらの書物には、口伝伝承(くでんでんしょう)をはじめ、先人(せんじん)達の英知(えいち)が、そして山の神様から授かった言の葉までもが、書きしたためられています。  これらの、余りに難解な言の葉による知識を役立てるため、まずは私が理解し、皆様に分かりやすくお伝えして行く事が、森の調和の道標を示す手法であるとの考えに至りました。  一言で(あらわ)しますと、私は『森の(かた)()』になります。  森の調和を保つには、どうすれば良いか? そう思われましたら、どうぞ私にお(たず)ね下さい。  きっと、この森をより善い方へと導くための、道標となり得るお話しができることでしょう。」  続けて、瑞貴は、森の調和を保つ目標を示すため、ひときわ大きなブナの記憶の種子を手にした。 「皆さんは、この森の()(すえ)をイメージなされたことは、おありでしょうか?  また、私達 樹々の生命活動は、何のために 懸命に行われているのでしょう?  その答えの… いえ、理想像とも云うべき光景を、お見せしますね。」  瑞貴が、胸の前で広げた両手にある記憶の種子を紐解くと、いつか見た 美しく豊かな森の中の光景が浮かび上がった。  その一つ一つを、まるで物語を(つむ)ぐかのような口調で、皆に語る。  この光景は、先人が夢見た、森の調和が保たれた姿。  程よく差し込む木漏れ日を受けて、様々な樹々の葉は 生命力に満ちた輝きを放っています。  私達が、お互いに譲り合って成長することで、このように皆は等しく陽光を浴びて、元気に育つことができます。  (ゆる)やかに (おだ)やかに せせらぐ川の向こうには、陽光煌(ようこうきら)めく 開けた空間が。  (はる)か以前から そこに()るだろう 朽ちた倒木からは、新たな樹が芽生え、若木が生育しています。  これは、倒木更新(とうぼくこうしん)と呼ばれていて、新たな育みの座を形成し 樹々の世代交代を担っている姿です。  もちろん、皆が元気に育っていますので、美しい花を咲かせ 多くの実りを振舞っています。  その根張りまでもが元気なので、豊かな土壌をしっかりと(つか)んで、崩落のような災厄は起こりにくくなっています。  これ程までに調和の保たれた森に活きる樹々には、競争もなく、生命活動への余裕ができます。  ほら、風にそよぐ樹々の枝葉が優雅に舞い、(かな)でられる葉音は生命への喜びを唄っているでしょう。  余裕は、このようにお唄や舞いなどに()てることが出来るので、心まで豊かになれるわけですね。。。  誰かが 「・・・たどり着きたいな、ここに。」 と、つぶやく。  その声は、次第に大きくなってゆく。 「どうすれば…?」  という問いかけに、瑞貴が 「森の調和は、譲り合い。」 と 答えると、美しい森の光景は (かすみ)のように、消え去った。
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