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5話【別れゆく大切な人に託す、贈りもの。】
私の年輪に・・・ 山の神様の言の葉や、みんなの期待に満ちた笑顔が、刻まれてゆく。。。
山祭りで私達に託された「この森をより善く導くための、大いなる変革」って、何のことかな・・・。
瑞貴も笑顔だったから、きっと良いことなんだろう。。。
雪融け早く、開葉開花を進められたし…か。
目覚めたらすぐに、何か起こりそう。。。
・・・これ、眠りの唄の、最終楽章だ。 春が近いのね。
えっ・・・ 舞が、巫女に!?
森の調和は、そのままに・・・。
新たな樹の巫女『峰乃 赤松』は、ご神木の再来となる…か。
舞… 願いが叶って、本当に良かったね。
いつも… すぐそばで、頑張ってる舞の姿を見てたから。。。
じゃあ、私が、舞にできることは・・・?
入口の残雪を除き終えた三人に
「初稽古は、貴女達の話合いとします。」
と告げると、山桜は、すぐに稽古場へと向かった三人を横目に、手にしていた『 山 桜 流 』と書かれた木彫りの看板を掲げた。
稽古場の隅で桜茶の準備をしている さくらの処に山桜が戻ると、すでに栃実と瑞貴は、舞の巫女拝命についての話合いを始めていた。
本当に嬉しそうに 舞の巫女拝命を祝福している三人に、山桜は桜茶を差し出す。
「舞の、巫女拝命の準備。
先ずは貴女達がどうしたいかを、話合いなさいな。
私達は そこで、山桜流としての対応について纏めておりますから。」
「ありがとうございます、山桜師匠。
巫女拝命の準備…かぁ。 舞、ほんとに巫女に成っちゃうんだね。
ずっとそばで、舞が頑張ってるの見てたから。。。
『舞なら、巫女に成れる!』って思ってたし、私もすごく嬉しい!」
「とっち・・・ ありがとう。 瑞貴もね。
ほんとに嬉しいし、これまで とっちと 瑞貴と三人で頑張ってきたの、すごく楽しかったな。。。」
栃実は、嬉しそうに微笑む 瑞貴に視線を移すと、瑞貴の母 瑞樹の巫女拝命を思い返し、しんみりとした様子で話し出した。
「でも… それも、終わっちゃうのかなー。
これから、あまり一緒にいられなくなるし、舞が巫女に成ったら、私達とは お別れしなきゃいけないし。。。」
「そうですね…。 私も、本当に淋しかったですけど・・・。
でもね、栃 姉様。 巫女拝命や昇天は、皆とのお別れでは無い事を、お母様が教えて下さいました。
そのおかげで、私は今でも・・・ これからも、お母様は 優しいお母様のままで、この森で共に在ることが事が出来ると思っています。。。」
瑞貴は、かつて瑞樹が遺した書簡を広げると、その最後のメッセージを 栃実と 舞に見せた。
~瑞貴。 私の巫女拝命や昇天を、淋しく思うことなかれ。
拝命後も 私の想いや知識は瑞貴に受け継がれますし、代替わりして私が昇天しても、私は ご神木のひとつと成って この森に在り続けます。
未だ若木の瑞貴を置いて巫女に成るのは、私にとっても淋しい事ですけど、巫女拝命や昇天は 別離では無く、皆と共に在り続けるためであると、私は考えます。~
「・・・そっかぁ! お別れじゃ、ないんだね!」
「…別離では無く、皆と共に在り続ける・・・かぁ。
私の記憶は受け継がれるし、みんなとずっと一緒に。。。
とっち、瑞貴。 私、峰乃 橅様に倣う修養、頑張るね!
精進して、皆を見守り善い方へと導けるような、巫女に成りたい!」
「じゃあ 私は、頑張る 舞のサポートをしたい!
…ねぇ、舞。 私ね、眠りの唄で 舞が巫女に成ることを知ってから、ずっと考えてたの。
私が、舞にできることは何だろう? って。 瑞貴は?」
「いつか、茶店でした約束・・・ 覚えてますか?
『誰かが巫女に成る際には、全力で支援する!』という。。。
私は… 約束を果たして、舞 姉様を支援したいです!」
「とっち、瑞貴。 ほんとうに・・・ ありがとうね。。。」
「…瑞貴。 巫女拝命の準備って、峰乃 橅様に倣うほかに、具体的にはどうしたら善いのかな?
私は舞いの巫女だから、奉納舞いとかは大丈夫と思うんだけど、装束を作ったりとかは、難しそう。。。」
「それなら大丈夫ですよ、舞 姉様。
早速、巫女知識にて支援をすることになりますが…。」
「装束や神具は、『自らで制作 または 用意する』と、されています。
お母様には、自らで制作が可能な・・・ 少しは私もお手伝いしましたけど、豊富な知識がありましたので そうしましたが・・・。
次代の巫女が独りで総てを準備する訳では無いのです。」
「より善いものを創作するためであれば、実現可能な他の者に制作を委ねてもよい。
これが『用意する』ことと、解釈できます。」
「あ! じゃあ、巫女装束や神具は、私に任せて!
そしたら 舞は、その分 巫女拝命の修養とか奉納舞いとかに専念できるじゃない?
他にも、私ができることは、何でも手伝うから!」
「とっち、ありがとう。。。
山桜師匠、巫女候補筆頭としては、いかがですか?」
「むしろ万全のサポート体制、かしらね。」
「誰よりも 舞のことを良く知ってる 栃実なら、素敵な舞いの巫女装束と神具が用意できることでしょう。
分からない事があれば、瑞貴が知識面で支援してあげなさいな。」
少し、真剣な面持ちで考え事をしていた栃実が、山桜に その決意を伝える。
「あの、山桜師匠。。。
とても極端な提案だとは、十分承知したうえで・・・」
「・・・宜しくてよ。
ふふっ。 栃実なら きっとそう言い出すと、思ってたわ。。。」
より一段と暖かな早春の陽光に照らされた、大平岩の広場には皆が集い、峰乃 橅より、今春の樹々の開葉開花が指示された。
そしてその後には、『大切な人が巫女を拝命する、支援に専念するため。』を理由に、とっちが芸能活動を休止することが、皆に告げられた。
高台の少し上に生育しているブナの樹は、他の樹々に先駆けて新葉を開いた。
ひときわ大きく 神々しいまでに優雅な枝振りのブナの、木陰にある書棚では、瑞貴が巫女知識の書物を紐解いている。
フレームレスの眼鏡をかけて巫女装束の記述を朗読している瑞貴を眺めながら、栃実は「みーちゃん、やっぱ瑞貴先生だよ。。。」などと思いながらも、舞に似合う新たな巫女装束のイメージを膨らませている。
舞は、同じく舞いの素養に秀でた巫女だった 峰乃 椿の姿を思い返しながら、
「採り物は『鏑鈴』に決まってるけど、『前天冠』をどうしようか・・・。」
と考えている。
「・・・簡潔にまとめますと、新たに用意する装束や神具は、3つ。
上着となる千早と それを結び留める胸紐、頭部の装飾となるアカマツ針葉を模した前天冠、採り物である鏑鈴です。
舞 姉様としては、どのような仕上がりイメージですか?」
「う~~ん・・・。
でも結局は、千早は峰乃 椿様のと同じにしかならないんだから…。
動きやすくて、舞う際には より綺麗に見えるといいかな。。。
ねぇ、とっち。 とっちは どう思う?」
「んー。 やっぱ、形が決まってるんだから…。
きちんと仕立てて、胸紐は ちょい長めにして動きを出したらどうかな?
舞がいつもしてるように、胸紐っていうよりはウエストのところで しっかり結び留めるから、着崩れもないだろうし。。。」
「考えることは同じ…かぁ。 なんか、嬉しいな。」
「じゃ、鏑鈴も、とっちのセンスに全てお任せする!
前天冠だけは… 私らしさを出したいから、リクエストね。
真ん中にアカマツの樹形があって、両サイドに枝先の針葉を… こう、峰乃 橅様の天冠みたく出してもらいたい、かな。」
「うん、わかった! ・・・と、こんな感じよね。
もちろん 私にも作れないから、巫女装束と神具は 桂さんにお願いしようと思ってるんだけど…。
ねぇ、舞。 それでいいかな?」
「もちろん! 桂さんに頼めるなら、最高だわ!」
「…あ、そっか! とっち、ステージ衣装とかも桂さんに作ってもらってるんだから、頼みやすいよね。
瑞貴の眼鏡も、すごくセンス良いし。。。」
「決まりね!
じゃあ、イメージが鮮明なうちに、桂さんにお願いしに行ってくる!」
栃実は、その場で描き上げた前天冠のラフスケッチを手に、東谷街道へと駆けて行った。
「ふふっ。 とっちの行動力、相変わらず すごいわね。
・・・決めたわ、瑞貴。 私の記憶、とっちに託したい。」
「はい。 私も、栃 姉様に託すべきと、考えてました。
それと… 舞 姉様。 私にも、出来得る限りの支援をさせて下さい。」
舞と二人きりになるのを待っていたかのように、瑞貴は そう言うと、母から託された記憶の種子『瑞樹』を、舞に手渡した。
「巫女に成ることを支援する、約束を果たします。
お母様の素養は、舞 姉様に託します。」
「瑞貴・・・。 これって、瑞樹さんの記憶の種子!?
瑞樹師匠が、どれだけ高い素養を身に着けてたか、中身の詰まった この種子を見るだけでも分かるわね・・・。
こ… こんなすごいの、私が受け継がせてもらっていいの?」
「はい! 自らの素養を次代の巫女に受け継ぎたいのは、お母様の願いでもありましたから。」
舞が手にしたブナの実の、殻斗と呼ばれる種子を保護する殻は開かれて、3つ入っているうちの1つの実は、すでに取り出されていた。
取り出された実には、瑞貴が受け継いだ瑞樹の記憶が込められていた事を悟ると、舞は、殻斗からするりと踊り出るかのように掌にこぼれた、瑞樹の舞いの素養が込められた記憶の種子を、受容体の能力を使ってその身に宿した。
「これは・・・ 奥山流 峰乃派の、最後の家元らしく… その作法や舞いの全てが、込められてる。」
「瑞樹師匠…。
拝命の直前だったのに、私に古流の全てを伝授して下さってたのね。。。」
「・・・舞 姉様の素質があったからこそ、ですよ。」
「書物としても残されてますけど、古流ならではの舞いを受け継ぎ 表現できるのは、舞 姉様しかいないと、お母様は考えられてたようです。」
「それから… どうぞ、もうひとつの記憶の種子も。
私が本当に舞 姉様に受け継いでもらいたいのは、こちらの素養なのですから。」
瑞貴に促され、舞は、知識の素養が込められた記憶の種子を、紐解いた。
種子から発せられた球状の光は、舞の上半身を包み込むように展開すると、森羅万象の知識は様々な映像へと転換される。
「・・・さすがは 知識の素養に秀でた瑞樹さん、森林や巫女の知識を要約しただけでも、ものすごい情報量ね。」
「これだけの知識を得られたなら、ずっと伸び悩んでいた私の知識の素養は、瑞貴と同じくらいにまで高められるかもしれない。」
舞は、五感を介して、それら知識の一つ一つを、大事にその身に宿してゆく。
それにつれて、徐々に頭の中は冴えわたり、見るもの全てが彩られる。
やがて種子からの発光は収束し、素養をその身に宿し終えた舞は、これまでよく解らなかった、神事のしきたりや 樹々の生命活動が、森の様子を見れば手に取るように理解できるまでになっていた。
高台から、東谷街道を見下ろす。
優雅な枝振りのヤマザクラの隣にすらりと立つ、少し大きなカツラの樹に向かっている人影は、とっちね。
街道の樹々は、峰乃 橅様の御指示の通り、開葉開花の準備を整えている。
大平岩の舞台では、この春の訪れを皆で祝う桜の舞いが・・・。
「瑞貴…。 善い贈りものを、本当に… 有難う。
奉納舞いのみならず、私が次代の巫女として成すべきことが、善く理解できた心持ちです。。。」
互いに、安堵にも似た微笑みの表情を浮かべると、瑞貴は満面の笑みで 舞に応えた。
「お母様の願いが適い、舞 姉様との約束も果たすことが出来ました。」
「これからも… もちろん、舞 姉様が巫女を拝命なされてからも・・・ ずっと一緒に。
舞 姉様、栃 姉様、私、お母様、桂さん・・・ みんなで協力し合って、この森をより善い方へと導いて行きましょうね。。。」
栃実と瑞貴が祭典での舞いを、舞が単身での奉納舞いを披露した 今春の桜の舞いでは、樹の巫女の代替わりが改めて皆に公表されて、最後に 栃実と 瑞貴が 舞い手の一次選考を通過した結果発表で、終演した。
舞台脇の控え所では 舞が、”合わせ”の舞いについて 峰乃 橅から倣っている。
「・・・”合わせ”の舞いとは、奉納舞いのみに非ず。
此の 言の葉の意味が、お解り頂けたでしょうか?」
「はい、実感を伴って、理解出来たかと存じます。」
「舞いを合わせる事のみならず、舞い手同士の協調性や、ひいては この森の調和までもが 解ってしまう、という解釈で宜しかったでしょうか。」
「結構です。 そこまで其の身に着けられたのでしたら。。。」
「では、桜の舞いの神事につきましては、これにて巫女拝命の修養を修了と致しますね。
・・・あらあら、外では何やら楽し気な話し声が。。。」
その一方では、山桜流の皆が、今回から始めた桜茶の振舞いについて、いろいろと話し合っていた。
「試しに振舞ってみたけど… 桜茶が、こんなに大好評になるとは… ねぇ。」
「山桜師匠。 皆が こーいうのを、実は望んでた… ってコトじゃ、ないでしょうか?
んーじゃぁ、来春の桜の舞いは、もっとスケールアップして。。。」
「…栃 姉様。
あまり一気に手を広げすぎても良くないでしょうから、”春の森の恵み”に限定したものを振舞ってみては、どうでしょう?」
「瑞貴…。 それ、良いわね! さくらは、どう思う?」
「はい、桜の舞いが… もっともっと楽しみになりますね、お母様!」
梅雨明けを告げる眩い木漏れ日が差し込む、ブナ大樹の下にある書棚では、栃実と 瑞貴が、夏祭りで披露される『樹々の唄』の歌詞作りに勤しんでいる。
その傍らで、三人一緒に修養に明け暮れていた日々を思い返しながら、巫女拝命の修養として 歌詞作りに立ち会っていた 舞は、瑞貴の歌の素養の伸び悩みに気付いた。
「・・・賢い 瑞貴にしては珍しく、歌詞作りが上手くいかない様子ね。
ねぇ、とっち。 なんでだと思う?」
「んー。 たぶん、ずっと書物を参考にし続けてたから・・・。
解説するための知識ばかりが先行しちゃって、センスある言の葉の表現が苦手になったんじゃ。。。」
これを受けて 舞は、記憶の種子『瑞樹』で知識の素養を高めてもらったお返しとばかりに、
「とっちほど、上手くないけど。。。」
と前置きしてから、自らの唄の素養のみを込めた記憶の種子『舞の唄』を 瑞貴に手渡した。
すぐに、それを その身に宿した 瑞貴は、舞に にこりと微笑む。
「ありがとうございます! 舞 姉様!
私の中に、素敵な言の葉が… いっぱいに溢れてきて。。。」
嬉しそうに、楽し気に、歌詞作りを進める 瑞貴。
「・・・そう。 その調子よ、瑞貴。
ねぇ、とっち。 とっちも、そう思うでしょ?」
「そうね、舞。 こーいうコトだよね。
・・・瑞貴。 お唄の歌詞作りは、知識の伝達じゃなくてね。
『樹々や森を感じながら、言の葉を奏でて、お唄をつくる。』っていう、気持ちが大切なの。」
舞と 栃実のアドバイスのおかげで、瑞貴の葉音からは、美しい言の葉が奏でられる。
栃実と 瑞貴の 言の葉は、次々と『樹々の唄』へと、紡がれていく。
歌詞作りは順調に進んで、やがて 仮歌を歌う頃には、『虫の歌』を歌うセミ達からも、
「これまで なかった程の、良い歌だね。 今夏の夏祭りが、楽しみだよ。」
という、賞賛の歌声も届いた。。。
とっちのソロライブで大盛り上がりの、歌の祭典 夏祭り。
壱乃峰の歌姫による、山祭りでも歌い手として披露される その抜群の歌唱力とライブパフォーマンスは、今夏も 観客を魅了している。
その舞台の脇にある控え所の中では、早くも 山祭りでの舞い手の選考が、行われていた。
峰乃 橅は、対面に座って その仕方を倣っている舞の姿を見ると、隣席で話しだす 山桜の話に、耳を傾ける。
「峰乃 橅様の育成記録と同様に、栃実と 瑞貴の 舞いの素養は・・・ 師匠である私の目から見ても、もはや同等かと 存じます。」
「二人とも、とても善く精進しておりますよ。
栃実は、お唄も 舞いの修養も… 普段以上の 気迫にも似た、情熱を感じます。
瑞貴は、奥山流 峰乃派の後継者でも あります故、古流の継承と 山桜流の舞踊の会得に、熱心に取り組んでいるようです。」
「…もっとも 只今は、栃実は お唄の披露を全力で行っているのは勿論のこと、瑞貴は 栃実のライブサポートに徹しておりますが。。。」
「善い事です。
巫女候補が支援をする姿は、きっと、森の調和を表すものとも成り得るでしょうから。」
峰乃 橅は、巫女候補の育成記録を 巫女装束の袖に仕舞うと、優しい微笑みを浮かべて、舞へと視線を移した。
「それでは… 最も近しい、舞さんに お尋ねしましょう。
二人の巫女候補の 今の想いは、如何でしょうか?」
「そうですね・・・。
瑞貴の想いは、自身が舞いを披露する事よりも、皆の… この森の調和を保つことに、重きを置いているように、存じます。」
「それに、『お唄と 舞いの披露は、姉様たちに お譲りしたい。』とも言っておりましたし・・・。
だからこそ今も、私の代わりに、とっち… いえ、栃実のサポートをしてくれているのだと思います。」
「栃実は… 山桜師匠も お解りのように…。
なんか、自分の事みたいで うまく言えないんですけど・・・。」
「ずっと、一緒に居てくれて。
それこそ全力で、私の巫女拝命を支援してくれています!
とっちが支えてくれてるから、今も こうして、峰乃 橅様に倣う修養にも専念できるんだと、思います。」
ひとしきり 考えを巡らせた 峰乃 橅は、山桜と目を合わせると、うなづいた。
山桜は、栃実と 舞が、舞台で二人になれるよう、お膳立てを案じる。
「師匠としましては・・・ 栃実と 舞の、友情と絆を 強く感じますねぇ。」
「…峰乃 橅様。 此度の 舞い手の選考は、次代の巫女への想いを 重視すると致しませんか?
勿論 私は、栃実を舞い手に推薦致します。」
「山祭り祭典の、企画演出を行う立場としても…。
栃実と 舞の、お唄と 舞踊の共演は、素晴らしい舞台の創造と成るかと存じます。」
「山桜師匠・・・。 私も、同感です。
祭典に続く 神事でも、舞さんの巫女拝命が行われる故、此度の舞い手は、最も 舞さんを想う巫女候補を… と、考えておりました。」
「・・・決まり、ですね。
では私は、すぐにでも 舞台の創造へと、取り掛からせて頂きます!」
頃合い良く、歌の祭典 夏祭りは、終演を迎える。
言葉少な気に控え所を出た 山桜は、祭典終了を告げようとしている とっちのそばに駆け寄ると、
「栃実、お疲れ様でした。 後は、私が受け持ちます。」
と 耳打ちして、片手で とっちの肩をしっかりと抱きながら、観客へと向き直った。
「祭典終演の際では、ございますが・・・。
…皆様。 ここで、大変重要な お知らせを、致したく存じます。」
「只今、山祭り祭典での… 歌い手と 舞い手が決まりました故。
異例にて早期の告知となりますが・・・ これより発表と、させて頂きます!」
山桜は、皆の どよめきを受けながら、舞台の端で待つ 峰乃 橅に、合図する。
峰乃 橅は、山桜の誘いに応えながら、優雅な歩様で 舞台の中央最前へと歩み寄り、観客に向き直ると、祝詞にも似た 言の葉を発した。
「山の神様へと 献上するは、樹々の唄。
是を歌うは、壱乃峰の歌姫。」
「山の神様への 想いを表す、木の葉の舞い。
其の想いは、絆にて結ばれし 親愛なる友情。」
「皆様。 山祭り祭典での、歌い手と 舞い手は・・・。」
「栃実さん 単身にて、務めて頂く事と 致します!」
厳しい残暑の陽光を浴びて その葉を茂らせている、山桜。
その樹洞にある 山桜流の舞いの稽古場も暑く、さくらは東谷街道に面した、桜吹雪の障子を開け放つ。
徐々に集まり始めている人々からは、
「舞様の ご準備の程は、いかがでしょうか?
完成披露が待ち遠しくて、早く来ちゃいました!」
「きっと素敵な 舞いの巫女の、装束でしょうね。
楽しみにしてますよ、さくらちゃん。」
などと、これから始まる 舞の、『舞いに秀でる 樹の巫女装束』 完成披露への、期待に満ちた声が寄せられている。
襖で仕切られた 稽古場の隣の控室では、峰乃 橅と 山桜の立会いの下。
制作者の桂の指示を受け 栃実が介添えをしながら進められてきた、舞の巫女装束の着付けが済もうとしていた。
「~ほら。 千早の首周りの、四角に空けられたとこと 肩のとこから、白衣の合わせと 袖が、綺麗に見えるでしょう?
縁取りの朱紐の飾りは、これを際立たせてもいるのよ。」
「ですよね、桂さん。 ・・・あ! 胸紐は、私がやります。
ねぇ、舞。 いつも、こんな感じだよね?」
栃実は、ずっと緊張した面持ちでいる 舞に 優しく話しかけながら、後ろから そっと抱きしめるように、鮮やかに彩られた朱色の胸紐を結び留めた。
その様子を、少し離れて見守っていた 瑞貴は、舞いの巫女装束の着付けが ほぼ完了したのを確認すると、手にした書物を じっと見てから、二人の師匠へと向き直った。
「・・・峰乃 橅様、山桜師匠。
この仕立ての千早ならば、書物『樹の巫女の、装束と採り物』にあります通り、舞いに秀でる樹の巫女の装束としましては、奉納舞いに 申し分ない出来と成ったかと、存じます。」
「この膝上までの丈でしたら、奉納舞いに追随して程善い拡がりを魅せるでしょうし、また、千早の両端に施された朱色の紐飾りは、きっと 舞 姉様の舞いの美しさを、存分に魅き立たせてくれることでしょう。」
瑞貴に目配せをした 山桜は、愛弟子のそばへと歩み寄る。
「師匠と致しましても、此の千早でしたら 舞も舞い易いでしょうし、また、
より長く より動きが出るよう仕立てられた 此の胸紐ならば、『伝説の舞姫』と称される 舞の、躍動感と優雅さを兼ね備えた奉納舞いの、一助と成るかと存じます。」
「…桂さんの工房にて 以前に拝見した通り、善い巫女装束と成りましたね。
すでに お墨付きを致しましたが・・・。
実際に着付けた姿を間近で見ると、皆様の ご尽力の程までもが 総て解る、素晴らしい出来栄えです。」
「これ程のものが創造できるのでしたら、装飾と採り物にも期待できますね。
前天冠と鏑鈴も、完成を楽しみにしておりますよ。」
峰乃 橅は、優しい眼差しで 皆をねぎらいながら、そう付け加えて、完成した巫女装束を称賛した。
ホッ… と、安堵の吐息を漏らした桂は、いつもの明るい表情に戻ると、
「峰乃 橅様、ありがとうございます!
いま創りかけの神具も、バッチリ仕上げて・・・。
あと、追加依頼のアレも創っとくから、ね。」
と、舞と 栃実にウインクすると、山桜に合図を送った。
「じゃあ・・・ いざ、お披露目! と しませんか?」
「頃合い… でしょうね。 それでは・・・。」
控室を出て稽古場へと向かった 山桜は、一言 さくらに指示すると、街道に集まる皆に、完成披露の開始を告げる。
さくらが、控室と稽古場を隔てる襖を開けると、美しく着付けられた 舞が舞台へと登場して、そのまま居合わせた皆で街道まで出て、巫女装束を披露した。
すぐさま、新調された巫女装束を纏った、次代の巫女と成る 舞の姿を一目 見ようと多く集まった人々からは、
「さすがは、伝説の舞姫。 舞様、本当に・・・ お美しい…。」
「舞いの巫女装束も、じつに優雅ね・・・。 でしょう? さくらちゃん。」
といった、賛辞の声が寄せられる。
「瑞貴さん、千早の造りなどは、どうなってるんでしょう?」
続いて寄せられた、皆からの質問に応えるかたちで、瑞貴は、【舞いに秀でる 樹の巫女の、装束と採り物】の項を、朗読する。
『特に舞いに秀でる 樹の巫女は、鏑鈴を持ち、奉納舞いを その優雅なる枝葉の舞いを以って、舞う。』 との 慣わしに則り、此れを纏います。
『舞いに秀でる 巫女の装束』は、袖が無く、首周りを四角に開けた貫頭衣型の、両端に朱色の紐の装飾が施された千早を纏い、朱色の胸紐を胸下から腰部の辺りに巻き、御身体の前面にて 其れを結び留めます。
千早は、前後とも 膝上までの丈となっており、是は、舞う際に 絡まず、また
程善く拡がる長さと、なっております。
お召しになる際は、四角に空いた首回りに頭部を通され 千早を整えてから、胸紐を巻き、結び留めます。
此の胸紐もまた、舞う際に 絡まず、また 程善く拡がる長さとなっており、舞いの躍動感や優雅さの 一助となっております。
峰乃 橅は、懐かしさを覚えながら この朗読を聴くと、
「桂さん、本当に善い巫女装束をお創り頂き、ご苦労様でした。」
と、改めて 桂をねぎらうと、これに続いて 山桜が尋ねる。
「そうそう。 栃実のステージ衣装もそうですけど… 桂さん。
どうしたら、こんなに素敵なものが、創れるのかしら?」
山桜の問いかけに、皆の目が向けられた桂は、気恥ずかしそうに答えた。
「えっと、それは・・・ ですねぇ。。。
皆さんにも聞いてもらいたい、私が物創りで、常に心掛けてること。
『物創りとは、愛です。 創るモノへの、使う方への。』 ですかね。」
「…皆様。 此度は、とても善い装束を見せて頂く事が出来、また、とてもハートフルな 桂さんらしい格言を聞かせて頂き、善い完成披露と成ったかと存じます。」
と、山桜は 一旦その場を締めると、舞を舞台上へと誘った。
「・・・皆様! 善き頃合いかと存じますので、これより・・・。
舞いに秀でる巫女装束を纏いし、伝説の舞姫 舞による、奉納舞いを披露させて頂きたく存じます!」
「お題目は・・・ 皆様お馴染みの、『新緑の煌めき』!
新たなる巫女装束ともども、どうぞお楽しみ下さいな。」
舞が 舞いを始めると、すぐにも大きな歓声と拍手が湧き起こる。
これまでの、躍動感に溢れながらも 優雅な枝の振り様に加えて、舞は 軽快な跳躍で、春の暖かな陽光への感謝を、表現する。
舞は、天に掲げた両手で 新緑の煌めきを表すと、くるりと横に一回転しながら伸ばした手先から、翼の付いたアカマツの種を 舞い散らせる。
それに追随して なびく、純白の千早と 朱色の胸紐は、咲き誇る紅白の花のように。
朱色の紐飾りと 真紅の緋袴は、揺れる巫女装束と 奉納舞いの美しさを、より魅き立たせる。
その あまりにも洗練された、高い完成度の奉納舞いと、美しく仕立てられた巫女装束は、観客を一瞬で魅了した。
「巫女装束の、奉納舞いの… 披露。」
「稽古の舞い…。 でも只今は、皆様に喜んで頂けて… いるよう。」
「善し! 是を『披露稽古』とし、より多くの皆様に愉しんで頂けたら。。。」
山桜のつぶやきは 観客の絶賛の声にかき消され、舞は 奉納舞いを舞い終えた。
「山祭りでの、峰乃 橅様との合わせの舞いも… 楽しみにしてますっ!」
観客からの最後の賛辞に応えると、山桜は、桜吹雪の障子を閉め切った。
それを見た 峰乃 橅は、山桜流の皆を集めると、その想いを語り始めた。
「只今の… 舞さんによる、古流と山桜流が見事に調和し昇華された奉納舞いには、大変感服致しました。」
「ならば 私も… 舞さんとの合わせの舞いでは、より善き奉納舞いを、舞わねばなりませんね。。。
古流と致しましても、是が最後の舞いとなるでしょうし・・・。」
舞 栃実 さくらが、山祭り祭典の奉納舞いや 巫女の代替わりに想いを巡らせる様子を見ると、峰乃 橅は、山桜に問いかけた。
「山桜師匠。
巫女候補筆頭としまして、私と 舞さんが合わせで舞うに相応しい、善き奉納舞いは・・・?」
「それならば・・・。 永らく披露こそ成されませんでしたが・・・。
峰乃 橅様と、舞の素養ならば・・・ 翔べるかと存じます。」
「もはや 伝説とも云われて久しい、奥山流 峰乃派の・・・。
秘奥義の舞いであります、『昇天乃舞』を、提案致します!」
峰乃 橅は、こくり と頷くと、巫女舞いの知識を反芻しながら、決意に満ちた表情で語りだした。
「昇天乃舞・・・ ですか。
確かに、此度限りの、私と舞さんが合わせで舞うに、最も相応しい奉納舞いですね。」
「是は、私が拝命前に 此の身に着けた舞いですから・・・。
私は一度、合わせの稽古が出来れば充分でしょう。
舞いの伝授に関しましては・・・ 山桜師匠。」
「はい。 先ずは 種子貯蔵庫に眠る 瑞樹師匠の、記憶の種子 奥底に在る『昇天乃舞』を、私と 瑞貴とで紐解き、山桜流の皆で共有する。
合わせの稽古相手となる、峰乃 橅様の代役は・・・ 誰よりも 舞を善く解り、高き舞いの素養を身に着けた、栃実が務めると善いかと存じます。」
二人の師匠の、会話の間隙を察した 舞は、困惑した表情を浮かべながら、
「あの・・・。 昇天乃舞とは、どのような。。。
舞いに秀でる巫女に成るとはいえ、私の素養で 舞えるでしょうか?」
と 問いかけると、山桜は、栃実をそばに呼び寄せる。
「…舞。 きっと、栃実が 貴女を支援してくれるでしょうから、安心なさいな。
昇天乃舞とは、舞踊中盤の 振りの一つでね。
合わせにて舞う相手役の支援を受けて、主役が空を舞う。
是は、皆の尽力によってお役目を完遂なされた巫女が、月光に導かれて昇天なさる様を、表現しています。」
「貴女と 栃実の間柄にも通ずるものがあると、思えませんか?
それと…。 舞なら、翔べる! と確信しているからこそ、私は、昇天乃舞を提案したのです。」
「私も、同感です。 舞さんの素養ならば。。。
空を舞うのみならず、其方の巫女装束の完成披露で見せた『翼果を舞い散らせる振り』をも昇天乃舞に取り入れて、私と舞さんが合わせで舞うに、最も相応しい奉納舞いと致しましょう。」
「あとは・・・ 瑞貴。」
「…はい。 大丈夫ですよ、舞 姉様。
以前にお話しした通り、舞 姉様は… 舞いに秀でる巫女だった ご神木の系統。
その素養は確かに受け継がれてますし、昇天乃舞は… 峰乃 橅様と、舞 姉様にしか継承できない奉納舞いだと、私は考えています!」
舞の、力強い「精進します!」の一言で、昇天乃舞が舞われることが確かとなると、すぐに 瑞貴は種子貯蔵庫へと向かう。
山桜は、その後ろ姿を見送りながら、
「瑞樹さん・・・。 是で、善かった・・・ よね?」
と、心の中で つぶやいた。
すぐにも、季節は 実りの秋へと。
最後となる、実りの采配を終えた 峰乃 橅は、実りある樹々への摘果の指示をするため、大平岩の広場へ向かう。
広場の真向かいの、山桜流の稽古場には、昇天乃舞を体得するため精進する、舞の姿が。
その すぐそばには、稽古相手の代役を懸命に務める 栃実と、知識面での支援をする 瑞貴の姿が、見て取れる。
摘果の指示を終えた 峰乃 橅は、舞の 昇天乃舞の仕上がり度合いを確認すると、
「舞さん。 一度、合わせ稽古を 致しましょう。」
とだけ発し、あまりに優雅な昇天乃舞を、舞い終えた。
「善い仕上がりですよ、舞さん。
お互い、このまま 山祭りの当日まで、精進致しましょう。」
と 告げると、峰乃 橅は、すぐ隣にある『工房 ♡桂♡』の 開かれた引き戸の前に立ち、神具の制作に勤しむ 桂に、声を掛けた。
「・・・早くも 此処まで、仕上がったのですね。
前天冠は… ふふっ。 私の天冠に、似せたのかしら。
舞さんらしい、素敵なアカマツの樹形と、煌めく針葉ですね。」
「この 鏑鈴の形状は… 峰乃 椿様とは違いますね。
此れは、房状の、花・・・ でしょうか?」
桂は、優しく微笑みながら、こう答えた。
「依頼してくれた、とっちの 栃の木の、花の形だそうですよ。」
「…峰乃 橅様、みんなには内緒ですよ?
栃実、『大切な人が、巫女に成る事を、支援したいから。』って。
栃花にしたのは、舞が巫女を拝命して 記憶を無くしても、私達は ずっと一緒に… って想いを込めたから、なんですって。
それと・・・。」
桂は、完成品の置き場にしている作業棚から、煌めく針葉を模したヘアクリップを持ってくると、それを慈しむように眺めながら、続けた。
「舞も、依頼されていた前天冠の、アカマツの針葉を1つ追加して・・・。
さらに それを、ヘアクリップに加工して下さい! …ってね。」
「自分は巫女拝命で記憶を無くしてしまうけど、友情や絆の証として、とっちに贈りたいんですって。」
二人の想いを、普段より優しい表情で聴いた 峰乃 橅は、桂と笑みを交わした。
「親友同士が、同じ想いで、互いに神具を贈り合う。
素敵な・・・ とても素敵な、出来事ですね。
ハートフルな桂さんでしたら、とても創り甲斐が あったでしょう?」
「もちろんですよ!
だって・・・『別れゆく大切な人に託す、贈りもの。』なんですもの。」
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