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6話【See You Again】
『木の実の振舞い』で賑わう、壱乃峰上部の豊かな天然林。
その最上部に生立する、美しい樹形と優雅な枝振りを併せ持つ 峰のアカマツは、既にその高い素養と 大切な人への想いを込めた記憶の種子を、結実していた。
早々に、巫女拝命と冬支度の準備の目処をつけた 舞は、獣衆に振舞う木の実の仕込みを終えた 栃実を、その居所に招いた。
「ねぇ、とっち。 ・・・もう、瑞貴から聞いたかもしれないけど。。。
私の大切な記憶は… いちばん大切な、とっちに受け継いでほしい。
・・・いえ、とっち。 あなたにしか、託せない。」
「うん。。。 私も ずっと、同じ想いだった。
だから・・・ 受け継ぐわ! あなたの大切な、想いを。」
「でも・・・ そう成ったら。 舞が 巫女を拝命したら…。
今の 舞とは… もう会えなくなって。 その… 想いや、記憶も・・・。」
あふれ出す 栃実の涙を、その頬に添えた手で そっと拭いながら、舞は穏やかに語りかけた。
「…ねぇ、とっち。。。
あのね、『See You Again』って、聞いたことあるかな?
・・・遠い、遠い処に在る森の、言の葉でね。」
「『また 逢えたら。』
・・・いえ、『また、逢いましょう。』って、意味なんだって。」
「See You・・・ Again。 また、逢いましょう・・・かぁ。
・・・そうね。 私たちに、お別れなんて… ない!
みーちゃんも、言ってたもんねっ!
『これからも… この森で共に在ることが事が出来る。』 って。。。」
「・・・ねぇ、舞。 私、いまの言の葉で… 閃いた!
山祭りの、お唄と舞いとは… 別にね。
舞のためだけに 新しく唄を創って・・・ 歌いたい!」
「これが私の、舞への手向け。 瑞貴にも協力してもらって・・・。
舞の 巫女拝命を、お祝いしたいの!」
すぐにも 栃実は、舞のために芸能活動を休止した その余裕を活かして、シンガーソングライターとして、『See You Again』の作詞と作曲を始めた。
壱乃峰上部の、豊かな天然林の中でも ひときわ目を引くトチノキとブナは、より豊かな実りとなった 木の実の振舞いを早々に終えると、巫女拝命の支援や、山祭り祭典の準備を進めている。
ねぎらいのクッキーを 皆に配りながら、高台まで上って来た桂は、ブナの大樹の下で 何か話し合っている、栃実と瑞貴に声をかけた。
「栃実ぃ~! お待たせ!!
…あぁ、瑞貴も一緒ね。 ちょうど良いわ!
頼まれてた 鏑鈴が出来たんで、持ってきたわよ!!」
桂は、桐箱に入った それを納品すると、栃実は すぐに鏑鈴を取り出して、シャンッ… と、振り鳴らしてみる。
「・・・どうかな? 良い音色になったと、思うんだけど。。。」
「…それとね。
峰乃 橅様に検品してもらったら、
『親友同士が、同じ想いで、互いに神具を贈り合う。 とても素敵な出来事ですね。』
って、仰ってたわよ!」
喜びと安堵の表情を浮かべた 栃実と、ほんわかと優しい微笑みをたたえた 瑞貴を見ると、桂は、さらに大きな桐箱から もう一つの神具を取り出しながら、続けた。
「前天冠もね。 こんなふうに、仕上がったわよ。
・・・どうかしら?」
「ありがとうございます!
どちらもイメージ通り! 舞に よく似合いそう!」
「良かったー♪ じゃぁ、これから 舞に、届けに行くわね。
・・・と、その前に。」
桂が、二人が何を話し合っていたかと問いかけると、栃実は、
「山祭り祭典で 舞に贈る、唄を創ってるんですよ。」
と答えると、桂は、
「…私ねー。 物創りは得意でも 歌は作れないから。。。
もし良かったら、どんな唄か… 聞かせてくれない?」
と、興味深げに 栃実に尋ねた。
「んー。」 と、頬に人差し指を当てる いつもの仕草で、少し考えると、栃実は、頼もしい協力者の 瑞貴の肩を抱きながら、唄の構成から 語りだした。
まずイントロは、瑞貴のコーラスから入って。。。
全体的には、私が主旋律を語りかけるように歌いながら、歌詞の切れ目には 瑞貴のコーラスが入る、って流れにしたいと思ってます。
歌詞の方は…。
やっぱ、私が いちばん伝えたい、舞への想いを表しながら、これまでの想い出を振り返る… てのが、良いかな?
まずは、私から 舞へのメッセージ。
次に、舞が想うだろう 私へのメッセージに続いて、瑞貴が、昇天なさる 峰乃 橅様への想いを表します。
唄のラストは・・・。
私の唄のタイトルコールと、瑞貴のコーラスがオーバーラップするように するつもりです。
…瑞貴。 ここは、いちばん強く想いを伝えたいところだから、瑞貴のコーラスは… 最強の最良で、お願いね?
桂は、高台から連なる、豊かな天然林を縫うように開かれた獣道を上ると、壱乃峰最上部の居所にいる 舞に手を振る。
「舞! …いえ、次代の巫女『峰乃 赤松』様と、お呼びするべきかな?」
「あ、桂さん! ・・・まだ拝命の前なんで、舞で結構ですよ。」
にこやかに返した 舞に、桂は、ねぎらいのクッキーと 大きな桐箱を手渡した。
「秋の実りと、巫女拝命の修養も、お疲れさま!
それと… 頼まれてた前天冠、出来たわよ!」
「峰乃 橅様からも、最後の仕上げをして頂いたから。
採り物の鏑鈴も、装飾の前天冠も、神具として 神事に使えるそうよ。」
すぐに桐箱から取り出された前天冠の、アカマツの針葉を模した部分は、それに神力が込められたのを表すかのように、晩秋の陽光に照らされて 煌めいている。
「素敵な神具を、ありがとうございます!」
と、舞が 満面の笑顔で応えると、桂は、優しい眼差しで 舞を見つめながら、その想いを 舞に語った。
「まぁ、これは… 栃実の熱意に後押しされて、出来上がったようなものね。
これだけの想いが込められた依頼作品なら、職人としても、とても創り甲斐が あったわ。
…あ! 栃実と言えば… 鏑鈴は、さっき栃実に納品してきたから、ね?」
「それにしても・・・貴女たち、ほんとに良くお互いのこと、分かりあってるのね。
なんだか、双子の姉妹みたい。」
「それと・・・ 追加依頼の ヘアクリップも、どうぞ。
『神具の一部を、こんなふうに使うなんて・・・ とても素敵!』
って、峰乃 橅様も、感心なされてたわよ。」
「…それじゃ、山祭りでの 舞の巫女姿、私も楽しみにしてるから!」
「ねぇ、舞。 やっぱ、桂さんに創ってもらって、良かったね。
私が想ってた通りの、とても綺麗な… 舞の巫女姿に 成ったわ。」
「・・・これまで、ほんとに ありがとうね、とっち。
桂さんも、言ってたよ。
『とっちの熱意に後押しされて、出来上がったようなもの。』 だって。」
山桜流の稽古場で、二人きり。
仲良く寄り添いながら、巫女装束の着付けの介添えをする 栃実と、総てを投げうってまで巫女拝命を支援してくれた親友に感謝する 舞。
「・・・ねぇ、とっち。 明晩には、もう… 私、巫女に成っちゃうんだよね。」
親友が用意してくれた前天冠を装着しながら、舞は、つぶやいた。
「うぅん… まだよ、舞。
この鏑鈴を持って、奉納舞いを舞ってこその、舞いに秀でる樹の巫女なんだから。。。」
栃実は、桐箱から取り出しながら そう言うと、鏑鈴を 舞に手渡した。
「…舞。 巫女拝命、ほんとうに・・・ おめでとう!
採り物の鏑鈴は、私の… 栃花の形にしたの。
『舞が巫女を拝命して 記憶を無くしても、私達は ずっと一緒。』
って、想いを込めて・・・ ね。」
「とっち・・・ ありがとう。 私も。。。」
とだけ応えると、舞は、前天冠の桐箱からヘアクリップを取り出して、結実した種子『舞』の記憶を、神具の一部のアカマツ針葉に、栃実への想いと一緒に 込めた。
「私が とっちに託す、贈りものは・・・ 私たちの、絆の証。
そして・・・ いま、とっちに受け継ぐわ。 私の大切な、記憶と想いを。」
想いが込められた神具を互いに贈り合うと、舞と 栃実は見つめ合い、口を揃えて 『これで・・・ ずっと、一緒だね。』 と、笑みを交わした。
「舞は いつも、神具にいるから。」
「私も、ずっと… とっちと 一緒に。
いつか昇天しても、皆とも一緒に… 峰にいるから。」
…いつも、一緒だったね。
この森で、私たち 樹々は唄い、風に舞う・・・。
…ねぇ、舞は、いつも夢見てたよね。
山の神様にお仕えする樹の巫女に成って、皆と共に。。。
・・・なんか、楽しい事ばっか… だった気がする。
最初の出逢いから、同じところを目指して、同じように突っ走って。
そんで、舞は、叶えちゃったんだよね。 巫女に成るって、夢を。
ほんとに、おめでとう!
・・・もう、すぐだね。
でも、私たちは・・・ 『さよなら だけど、お別れじゃ ない。』
『また 逢えたら。』 ・・・いえ、『また、逢いましょう。』
舞と 栃実は、最後の別離の際に、最期のメッセージを、交わした。
『See You Again』
山桜が、山祭り祭典の開始を告げると、二人の巫女が見守る中、程なく月光に照らされた舞台上で始まる、壱乃峰の歌姫 単身での舞いと唄。
栃実は、控えめな振りでの 木の葉の舞いを舞いながら、樹々の唄を その美しい葉音で歌い上げる。
山桜は、舞と 瑞貴を、舞台中央に呼び込むと、ざわめく皆に、告げた。
「此度の祭典は・・・ もうひとつ お唄の披露が、ございます!
其れは・・・ 次代の巫女へと手向ける お唄。。。」
山桜の誘いで、瑞貴が その美しい葉音で 澄んだ高めのトーンのコーラスを奏で始めると、続けて 栃実は、語りかけるように歌いだした。
『See You Again』
La La La La ruru ruru ruru La La La La ruru ruru ruru La La La La
あなたに逢えなくなって、どれくらい経つのかな?
もし 逢えたら、話したいこと いっぱいあるの。
あなたと出逢ってから、ずいぶん長い道のりを 歩いてきた。
また 逢えたら、想い出を語りたいね。 そう、また 逢えたら。
一緒に過ごした、幸せな日々。
一緒に学び合って、一緒に いろんなことを見て 感じたね。
あなたと一緒に立つ舞台は、いつも楽しかった。
…ねぇ、気付いてた? あなたが支えてくれるから、私も進める。
だから、私も支えたい。 ひとつだけの夢に向かって進む、あなたを。
同じ道を歩んで、いっぱい笑い合ったね、私たち。
でも 夢へと続く この道は、叶ってしまえば その先は・・・
・・・切り替えなくちゃ、この気持ち。
さよならだけど、お別れじゃない。 ずっと一緒に、これからも。
あなたは、いつも ここにいるから。 私も、あなたと 共に在るから。
最後の舞台は、あなたの ために。 みんなを導く、あなたの ために。
旅立つ あなたに、贈りたい。 私たちの 言の葉を。
…ねぇ。 あなたに逢えなくなって、どれくらい経つのかな?
もし 逢えたら、話したいこと いっぱいあるの。
あなたと出逢ってから、ずいぶん長い道のりを 歩いてきた。
また 逢えたら、想い出を語りたいね。 そう、また 逢えたら。
LaLa La La LaLa La Aah rurururu ru ruru ruru ru rurururu ru Wooh
同じ道を歩んできて、いっぱい笑い合った、私たち。
気が合って 分かり合って、友情は深まって、やがて 絆になって。
ずっと断たれない、この絆。 決して無くならない、私たちの友情。
目指した先は 違うけど、いつも私たちの 想いは同じ。
遠く離れてしまっても、想いはあなたと 共に在る。
あなたが支えてくれたから、歩んで行ける この道を。
いつか また、逢いましょう。 一緒に歩んだ、その先で。
あなたが のこしてくれたのは、みんなの希望や 道標。
みんなで歩む この道は、あなたが眩く 照らしてくれる。
やがて辿り着く、還る処までの道のりは、みんなで織りなす 物語。
あなたに逢えなくなってから、もう どれくらい経つのでしょう?
もし 逢えたら、話したいこと いっぱいあるの。
あなたと出逢って、長い道のりを 歩いてきた。
また 逢えたら、想い出を語りたい。 そう、また 逢えたら。
LaLa La La LaLa La Aah rurururu ru ruru ruru ru rurururu ru Wooh
そう、また 逢えたら。
LaLa La La LaLa La Aah rurururu ru ruru ruru ru rurururu ru Wooh
See You Again
互いに 無言で見つめ合い、感涙を流す、栃実と 舞。
「とっち、ほんとに ありがとう…ね。」
と、舞は 栃実を、そっと抱き寄せる。
栃実は、舞に しがみつくように、舞台上にいるのも忘れて、号泣した。
「舞・・・ まいぃぃ~! うゎぁぁ~~ん!
嬉しくて、悲しくて。淋しくて・・・、でもやっぱり、嬉しいっ!!
ねぇ。舞・・・。 巫女拝命、おめで… とぅ・・・。」
最後は 言葉にならなく、その場に崩れ落ち嗚咽する。
瑞貴は、栃実を抱きかかえて なだめると、そのまま二人は 舞台を下りた。
しばし訪れた、静寂。
峰乃 橅は、瑞貴に 祝詞が書かれた木簡を預けると、その知識に秀でる巫女装束を 奉納舞いに適したものへと、変化させる。
朱色の胸紐を結び留め、その彩りを より華美なものへと昇華させると、神具の 扇を開き持ち、舞台に上がる。
舞は、精進してきた『昇天乃舞』を思い返し、手にしていた栃花の鏑鈴を じっと見つめると、峰乃 橅と向き合い、うなづき合った。
舞台を降りて 準備の様子を見届けていた山桜が、その開始を告げる。
峰乃 橅が 扇を翻し、舞が 鏑鈴を振り鳴らすと、観客席からは、山の神への想いを表す 森の唄が。
そして 二人の巫女は、森の唄に乗せて、合わせの奉納舞いを、舞い始めた。
奥山流 峰乃派 最期となる奉納舞いは、それに相応しい荘厳さをも表現しながら、華麗に優雅に、舞われる。
舞いの 半ばに差しかかると、一転して その舞踊は、これまでの古流では表現されなかった、大きな動作を伴う振り様へと、変化していく。
二人の舞い手は 視線を合わせると、胸元で軽く握った左手にその想いを込めた舞は、軽快で優雅な跳躍で、峰乃 橅へと 舞い寄る。
峰乃 橅が、頃合いを計って 腰部で両手を組むと、舞は片足で飛び乗る。
すぐさま、峰乃 橅は その掌を舞い手ごと持ち上げると、飛翔を支援された 舞は、天を仰いで空を舞った。
天空に輝く月へと向かって、その右手に持った鏑鈴を振り鳴らし始めると、舞は独り言ちた。
「月光に導かれて・・・ 昇天する。 こんな、感覚なのかな。。。
山の神様・・・ ここまでお導き頂き、ありがとうございました。
私は、大切な人たちからの多大な支援を受けて、念願だった樹の巫女に成ろうとしています。。。」
舞は、眼下の舞台と同様に 月光に照らされて森の唄を唄う皆へと視線を移し、大地に根ざして活きる樹々の健在ぶりを山の神へと伝達すると、僅かな笑みを浮かべる。
「樹の巫女は代替わりするけれど・・・ 大丈夫よ。 峰乃 橅様は 昇天なされても、皆と共に在り続けるから。」
「・・・とっち。 これまで本当に・・・ ありがとう。。。
私たちは、『さよなら だけど、お別れじゃ ない』。 いつか、きっと・・・『See You Again』。
みんなも・・・ すぐにまた、逢いましょう。 舞いに秀でる樹の巫女『峰乃 赤松』として。。。」
「そして。。。 私が巫女に成っても・・・ 記憶は、この想いは・・・ 無くなりはしないわ。
きっと、とっちや瑞貴が・・・ 私の種子に込めた記憶や想いを、語り継いでくれるでしょう。
ほら、こんなふうに。。。」
舞は、胸元で軽く握ったままだった左手を 身体の外側へと開くと、伸ばした手先から、その溢れんばかりの様々な想いを込めた アカマツの翼果を、空に舞わせた。
すぐさま湧き起った、舞いの美しさへの賞賛の声を聞きながら、舞は、心の中で呟いた。
舞い散る アカマツの翼果が、すごく綺麗・・・かぁ。 みんな、ありがとう。
瑞樹師匠も うなづいてくれてるから、奉納舞いも・・・善く表現できたみたいね。
精進して、善かった。
そして・・・ 最期の晴れ舞台で、最善の表現ができた 此の昇天乃舞は・・・ 峰乃 橅様に、捧げます。。。
峰乃 橅が、山の神への感謝を表す祝詞を奏上して 祭典を終えると、山祭りは、樹の巫女の代替わりとなる 神事へと。
皆への、それぞれの 最期の挨拶を終えると、舞は 峰乃 橅と共に、その居所へと向かう。
高台の、少し上。 慣れ親しんだ、ブナ大樹の下。
峰乃 橅は、天に向けて扇を翻すと、
「・・・山の神様。 私は、立木のまま御神木と成り、此の森の皆を見守る選択を、致します。」
と、永らく抱いていた その想いを、山の神に伝達した。
扇は、月光を受けて さらに輝きを増すと、それに込められた神力は、峰乃 橅の想いを 山の神に届く言の葉へと昇華させる。
神具としての最後の役目を果たした、扇に込められた神力は尽きて、その輝きを失った。
これを見届けた 舞は、木陰の種子貯蔵庫や書棚から 少し離れた山肌に立つと、峰乃 橅へと向き直る。
峰乃 橅も 舞と向き合って立つと、視線を合わせて、穏やかな笑みを浮かべる。
「是で、ようやく・・・ 私達の想いや願いが、成就しますね。
・・・壱乃峰の森の未来は、貴女たちに 託します。」
峰乃 橅の言葉に、舞が、
「この森を より善い方へと導けるよう、精進いたします。」
と応えると、二人の巫女は 天を仰いだ。
「それでは、樹の巫女の 代替わりの神事へと、参りましょう。
・・・山の神様より 貴女たちへの神託である、『大いなる変革』を、成し遂げるために。」
すでに 壱乃峰に迫った雷雲を見た 二人の巫女は、声を揃えて 拝命の儀の開始を告げた。
「・・・此れより、拝命の儀を、執り行います!!」
峰乃 橅は、下げた左手に持った 扇を、舞へと向ける。
舞は、鏑鈴を右手に持つと、頭頂の前天冠に並べて掲げる。
雷鳴とともに 周囲に木霊する 山の神の声に応えると、二人の巫女は 瞳を閉じた。
峰乃 橅が、代替わりの天雷を宿した雷雲へと向けて 右手を挙げると、天雷は、その間際に生立していた ブナ大樹の梢に直撃した。
降雷の衝撃で、代替わりの天雷に込められた 拝命の神力が分離すると、その光球は、ゆるやかに 舞へと向かって降りていく。
ブナ大樹の樹体内では、代替わりの天雷は、破壊の側撃雷と 昇天の神力が込められた本流とに分かれると、天雷の本流は、これまで瑞樹が、峰乃 橅が、居所としていたブナ大樹を、枯死してなお皆を見守る 神木と化した。
破壊の側撃雷が、ブナ大樹の力枝から 峰乃 橅の挙げた右手へと移り、その身体を流れると、その身の穢れは総て祓い清められ、生命力を得ていたブナ大樹との 生命の同調を断ち切り、左手の扇を破壊する。
すぐさま、扇が向けられていた、舞の前天冠へと移った 破壊の側撃雷は、樹の巫女としては不要な、舞の これまでの記憶を抹消した。
壱乃峰に轟く雷鳴が治まると、神木化したブナ大樹の樹体内から峰乃 橅のもとへと移された 昇天の神力は、峰乃 橅の身体を 樹の生命力を要しない御霊へと再生させる。
やがて、山の神より 神界へと誘われた 峰乃 橅は、瞳を開いて 神木化したブナの大樹や壱乃峰の樹々を見ると、雷雲の隙間から差し込む月光に導かれ、昇天した。
再び 周囲に木霊した 山の神の声に従って、舞がゆっくりと瞳を開くと、自身が拝命の神力の光に包まれていることに気付いた。
「柔らかな・・・ 暖かい光が・・・ 私の中に。。。
樹の生命力とは 少し違う、此の感覚は・・・。」
「書物にあった、再生の神力?
ならば・・・。 私は いま、山の神様の御力を授かって、神格化した樹の巫女に成ろうとしている。。。」
舞は、右手に下げ持った鏑鈴に、自らの身体に満ちたのと同様に 拝命の神力が漲っていくのを感じると、目の前にまで持ち上げて、じっと見つめた。
「此の鏑鈴と共に舞う 奉納舞いは、山の神様へと届く舞いに。
振り鳴らされる鏑鈴の音色は、皆の想いまでをも、山の神様にお伝えする言の葉へと昇華されよう。。。」
鏑鈴は、拝命の神力の光に包まれながら、シャン・・・ と 良い音色で、小さく鳴った。
「善い音色と、漲る神力。。。
・・・なぜかしら? 鏑鈴に込められた、大切な想いまでをも感じるのは。。。」
頭頂の前天冠に施された装飾の、アカマツの針葉が、拝命の神力が充填されたのを表すかのように、ひときわ輝きを増して煌めく。
「前天冠を介して聞こえる、此のお声は・・・。 山の神様の、言の葉。。。」
山の神の 天の声によって、巫女の名と その役目が告げられると、拝命の神力の光球内は一転して、壱乃峰の森の行く末の姿と、そこに至るための あらましについての映像へと転化する。
やがて、その巫女が かつて知識の素養を得たように、森羅万象の知識を その身に宿し終えると、拝命の神力による発光は収束した。
「何と多くの・・・ 英知だろう。。。
そして… 拝命する 巫女の名と、山の神様より授かりし お役目は。。。」
雷雲は 壱乃峰を去って、月光が 新たな樹の巫女を照らしている。
鏑鈴を 天にかざして振り鳴らした 巫女は、その名と 授かったお役目を復唱すると、山の神へと 誓いの 言の葉を献上した。
「其の樹種名を 樹の巫女の御名と成す、との しきたりに則り、樹の巫女 峰乃 赤松の名を、拝命致しました。」
「授かりし お役目でございます、
『壱乃峰の森の調和を以って、極相林と成す。』
ことは、此の身の総てを捧げて成し遂げる事を、誓います。」
「・・・成程。 是ほど山道を下っても、一切の疲労を… 感じない。
『神格化した 樹の巫女は、老いる事無く~』とは、山の神様より賜りし、神力の恩恵か。。。」
「此の 桜並木の向こうには、舞台となる 大平岩が。。。
そう、此処で・・・ 樹の巫女の、初となる お務めを。。。」
桜並木に その姿を現したのを見た 栃実は、誰よりも早く、峰乃 赤松に駆け寄る。
「舞! ・・・いえ、峰乃 赤松、様。。。」
「貴女は… トチノキの・・・ 栃実さん、だったかしら。
申し訳 御座いません。
この通り、巫女を拝命したばかりですので、未だ記憶が混濁しているのです。。。」
「では 此処は、是にて失礼させて頂きます。
…初の お務めであります、皆様への 新任のご挨拶が、ございますので。」
無表情のまま、淡々と 栃実に答えると、峰乃 赤松は その優雅な歩様のまま、舞台へと向かった。
栃実は、その場に立ち尽くしたまま、峰乃 赤松の後ろ姿を見送る。
その記憶は すでに無く、舞が 樹の巫女と成ったことを実感した栃実は、喜びに満ちた笑顔のまま、とめどない涙を流していた。
その お務めである、神事を 順調に進行した 峰乃 赤松は、皆に告げた。
「山の神様より授かりし お役目は、
『壱乃峰の森の調和を以って、極相林と成す。』
にて、ございます。」
神事は、『神憑り』へと移り、峰乃 赤松に憑依した山の神は、その 言の葉を 発する。
『新たなる、樹の巫女よ。 是迄の神託は、巫女の昇天によって、成された。
壱乃峰の森に活きる樹々よ。
是まで 善く茂り、善く実り、善く精進した。
善き精進は、高き素養を育む。 高き素養は、善き巫女の輩出と 成った。
来春より訪れる、此の森の、大いなる変革。
其の神託は、森の調和を以って 極相林と 成す。
新たなる、樹の巫女よ。 壱乃峰の森に活きる樹々よ。
皆と共に其の手を取り合い、是を 成し遂げて みせよ。
是から訪れる冬の 眠りの唄を以って、神託の 言の葉と、す。』
壱乃峰には、雪起こしの天雷が。
峰乃 赤松は 神具を介して、天雷に込められた神力と、神託となる言の葉が紡がれた 眠りの唄を、授かる。
「これが・・・ これから ひと冬かけて唄う… 眠りの唄。」
「…うむ。 これ程までに紡がれた 言の葉ならば・・・。
これまでの記憶が抹消されねば、此の身に受け入れる事は 出来ぬだろう。。。」
「すぐにも、初雪が・・・。 皆を 冬季の休眠へと、誘うために。。。」
「唄いだすと、致しましょう。 眠りの唄の、第壱楽章を。」
「…其れは、今季の想い出を 紡いだ、言の葉。」
「そして、樹々よ。 その年輪に、刻みましょう。
想い出を、決して忘れる事のない 大切な記憶として。。。」
峰乃 赤松は、慈愛に満ちた表情で 皆が眠りに就くのを見守りながら、子守歌を歌うように 優しく穏やかな葉音で、眠りの唄を 唄いだす。
それにつれて、壱乃峰の天然林には、初冠雪が降り積もってゆく。
順に 樹々が眠っていく中、栃実は、峰乃 赤松の歌声に 耳を澄ませる。
「素敵な… 歌声・・・。
…ねぇ、舞。 舞は、ほんとに・・・ 巫女に成っちゃったんだね。。。」
「善かったね… 舞。
私も、舞を ずっと支えることができて、善かったって 想うよ。」
「想い出が・・・ あふれてくる。
私の中に、刻まれてゆく。。。 たくさんの、大切な 想い出が。」
「あぁ… 山の神様の、言の葉も。。。
ずっと、私たちを… 見守って下さってたのね。 そして。。。」
栃実は、手にしていた アカマツ針葉のヘアクリップを、じっと見つめると、そっと瞳を閉じる。
「ねぇ、舞。 あなたの舞い、いつも素敵だった。
だから、これからも・・・ 素敵な舞いの 巫女でいてね。」
「ここには・・・ 舞の、大切な記憶や 想い出が。。。
・・・そう。 私と 舞は、ずっと一緒に。。。」
「いつか・・・ また 逢えたら。
・・・うぅん。 また、逢いましょうね。 舞。。。」
『See You Again』
栃実は、そっと つぶやくと、大切な贈りものを胸に抱いて、眠りに就いた。
![b1f121a2-27ed-40ab-a59b-588dcc864974](https://img.estar.jp/public/user_upload/b1f121a2-27ed-40ab-a59b-588dcc864974.jpg?width=800&format=jpg)
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