6話【See You Again】

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6話【See You Again】

 『木の実の振舞(ふるま)い』で(にぎ)わう、壱乃峰(いちのみね)上部の豊かな天然林。  その最上部に生立(せいりつ)する、美しい樹形(じゅけい)と優雅な枝振(えだぶ)りを(あわ)せ持つ 峰のアカマツは、(すで)にその高い素養(そよう)と 大切な人への想いを込めた記憶(きおく)種子(しゅし)を、結実(けつじつ)していた。  早々に、巫女拝命(みこはいめい)冬支度(ふゆじたく)の準備の目処(めど)をつけた (まい)は、獣衆(けものしゅう)に振舞う木の実の仕込みを終えた 栃実(とちみ)を、その居所(いどころ)(まね)いた。 「ねぇ、とっち。 ・・・もう、瑞貴(みずき)から聞いたかもしれないけど。。。  私の大切な記憶は… いちばん大切な、とっちに受け継いでほしい。  ・・・いえ、とっち。 あなたにしか、(たく)せない。」 「うん。。。 私も ずっと、同じ想いだった。  だから・・・ 受け継ぐわ! あなたの大切な、想いを。」 「でも・・・ そう()ったら。 舞が 巫女を拝命(はいめい)したら…。  今の 舞とは… もう会えなくなって。 その… 想いや、記憶も・・・。」  あふれ出す 栃実の涙を、その(ほお)()えた手で そっと(ぬぐ)いながら、舞は(おだ)やかに語りかけた。 「…ねぇ、とっち。。。  あのね、『See You Again』って、聞いたことあるかな?  ・・・遠い、遠い(ところ)()る森の、(こと)()でね。」 「『また ()えたら。』  ・・・いえ、『また、逢いましょう。』って、意味なんだって。」 「See You・・・ Again。 また、逢いましょう・・・かぁ。  ・・・そうね。 私たちに、お別れなんて… ない!  みーちゃんも、言ってたもんねっ!  『これからも… この森で共に()ることが事が出来る。』 って。。。」 「・・・ねぇ、舞。 私、いまの言の葉で… (ひらめ)いた!  山祭りの、お唄と舞いとは… 別にね。  舞のためだけに 新しく唄を(つく)って・・・ 歌いたい!」 「これが私の、舞への手向(たむ)け。 瑞貴にも協力してもらって・・・。  舞の 巫女拝命を、お祝いしたいの!」  すぐにも 栃実は、舞のために芸能活動を休止した その余裕を活かして、シンガーソングライターとして、『See You Again』の作詞と作曲を始めた。  壱乃峰上部の、豊かな天然林の中でも ひときわ目を引くトチノキとブナは、より豊かな実りとなった 木の実の振舞いを早々に終えると、巫女拝命の支援や、山祭り祭典の準備を進めている。  ねぎらいのクッキーを 皆に配りながら、高台まで(のぼ)って来た(かつら)は、ブナの大樹の(もと)で 何か話し合っている、栃実と瑞貴に声をかけた。 「栃実ぃ~! お待たせ!!  …あぁ、瑞貴も一緒ね。 ちょうど良いわ!  頼まれてた 鏑鈴(かぶらすず)が出来たんで、持ってきたわよ!!」  桂は、桐箱(きりばこ)に入った それを納品(のうひん)すると、栃実は すぐに鏑鈴を取り出して、シャンッ… と、()()らしてみる。 「・・・どうかな? 良い音色(ねいろ)になったと、思うんだけど。。。」 「…それとね。  峰乃 橅(みねの ぶな)様に検品(けんぴん)してもらったら、 『親友同士が、同じ想いで、互いに神具(しんぐ)(おく)り合う。 とても素敵な出来事ですね。』 って、(おっしゃ)ってたわよ!」  喜びと安堵(あんど)の表情を浮かべた 栃実と、ほんわかと優しい微笑(ほほえ)みをたたえた 瑞貴を見ると、桂は、さらに大きな桐箱から もう一つの神具を取り出しながら、続けた。 「前天冠(まえてんかん)もね。 こんなふうに、仕上がったわよ。  ・・・どうかしら?」 「ありがとうございます!  どちらもイメージ通り! 舞に よく似合いそう!」 「良かったー♪ じゃぁ、これから 舞に、届けに行くわね。  ・・・と、その前に。」  桂が、二人が何を話し合っていたかと問いかけると、栃実は、 「山祭り祭典で 舞に贈る、唄を(つく)ってるんですよ。」 と答えると、桂は、 「…私ねー。 物創(ものづく)りは得意でも 歌は作れないから。。。  もし良かったら、どんな唄か… 聞かせてくれない?」 と、興味深げに 栃実に(たず)ねた。  「んー。」 と、(ほお)に人差し指を当てる いつもの仕草で、少し考えると、栃実は、頼もしい協力者の 瑞貴の肩を抱きながら、唄の構成から 語りだした。  まずイントロは、瑞貴のコーラスから入って。。。  全体的には、私が主旋律(しゅせんりつ)を語りかけるように歌いながら、歌詞の切れ目には 瑞貴のコーラスが入る、って流れにしたいと思ってます。  歌詞の方は…。  やっぱ、私が いちばん伝えたい、舞への想いを(あらわ)しながら、これまでの想い出を振り返る… てのが、良いかな?  まずは、私から 舞へのメッセージ。  次に、舞が想うだろう 私へのメッセージに続いて、瑞貴が、昇天(しょうてん)なさる 峰乃 橅様への想いを表します。  唄のラストは・・・。  私の唄のタイトルコールと、瑞貴のコーラスがオーバーラップするように するつもりです。  …瑞貴。 ここは、いちばん強く想いを伝えたいところだから、瑞貴のコーラスは… 最強の最良で、お願いね?  桂は、高台から(つら)なる、豊かな天然林を()うように開かれた獣道(けものみち)(のぼ)ると、壱乃峰最上部の居所にいる 舞に手を振る。 「舞! …いえ、次代の巫女『峰乃 赤松(みねの あかまつ)』様と、お呼びするべきかな?」 「あ、桂さん! ・・・まだ拝命の前なんで、舞で結構ですよ。」  にこやかに返した 舞に、桂は、ねぎらいのクッキーと 大きな桐箱を手渡した。 「秋の実りと、巫女拝命の修養も、お疲れさま!  それと… 頼まれてた前天冠、出来たわよ!」 「峰乃 橅様からも、最後の仕上げをして頂いたから。  ()(もの)の鏑鈴も、装飾(そうしょく)の前天冠も、神具として 神事に使えるそうよ。」  すぐに桐箱から取り出された前天冠の、アカマツの針葉を模した部分は、それに神力(しんりょく)が込められたのを表すかのように、晩秋の陽光に照らされて (きら)めいている。 「素敵な神具を、ありがとうございます!」  と、舞が 満面の笑顔で(こた)えると、桂は、優しい眼差(まなざ)しで 舞を見つめながら、その想いを 舞に語った。 「まぁ、これは… 栃実の熱意に後押しされて、出来上がったようなものね。  これだけの想いが込められた依頼作品なら、職人としても、とても(つく)甲斐(がい)が あったわ。  …あ! 栃実と言えば… 鏑鈴は、さっき栃実に納品してきたから、ね?」 「それにしても・・・貴女(あなた)たち、ほんとに良くお互いのこと、分かりあってるのね。  なんだか、双子の姉妹みたい。」 「それと・・・ 追加依頼の ヘアクリップも、どうぞ。  『神具の一部を、こんなふうに使うなんて・・・ とても素敵!』  って、峰乃 橅様も、感心なされてたわよ。」 「…それじゃ、山祭りでの 舞の巫女姿(みこすがた)、私も楽しみにしてるから!」 「ねぇ、舞。 やっぱ、桂さんに創ってもらって、良かったね。  私が想ってた通りの、とても綺麗な… 舞の巫女姿に 成ったわ。」 「・・・これまで、ほんとに ありがとうね、とっち。  桂さんも、言ってたよ。  『とっちの熱意に後押しされて、出来上がったようなもの。』 だって。」  山桜流の稽古場(けいこば)で、二人きり。  仲良く寄り添いながら、巫女装束の着付けの介添(かいぞ)えをする 栃実と、(すべ)てを投げうってまで巫女拝命を支援してくれた親友に感謝する 舞。 「・・・ねぇ、とっち。 明晩には、もう… 私、巫女に成っちゃうんだよね。」  親友が用意してくれた前天冠を装着しながら、舞は、つぶやいた。 「うぅん… まだよ、舞。  この鏑鈴を持って、奉納舞(ほうのうま)いを舞ってこその、舞いに秀でる樹の巫女なんだから。。。」  栃実は、桐箱から取り出しながら そう言うと、鏑鈴を 舞に手渡した。 「…舞。 巫女拝命、ほんとうに・・・ おめでとう!  ()(もの)の鏑鈴は、私の… 栃花(とちばな)の形にしたの。  『舞が巫女を拝命して 記憶を無くしても、私達は ずっと一緒。』  って、想いを込めて・・・ ね。」 「とっち・・・ ありがとう。 私も。。。」  とだけ(こた)えると、舞は、前天冠の桐箱からヘアクリップを取り出して、結実した種子(しゅし)『舞』の記憶(きおく)を、神具の一部のアカマツ針葉(しんよう)に、栃実への想いと一緒に 込めた。 「私が とっちに託す、贈りものは・・・ 私たちの、(きずな)(あかし)。  そして・・・ いま、とっちに受け継ぐわ。 私の大切な、記憶と想いを。」    想いが込められた神具を互いに贈り合うと、舞と 栃実は見つめ合い、口を(そろ)えて 『これで・・・ ずっと、一緒だね。』 と、笑みを交わした。 「舞は いつも、神具(ここ)にいるから。」 「私も、ずっと… とっちと 一緒に。  いつか昇天(しょうてん)しても、(みんな)とも一緒に… (ここ)にいるから。」  …いつも、一緒だったね。  この森で、私たち 樹々(きぎ)(うた)い、(かぜ)()う・・・。  …ねぇ、舞は、いつも夢見てたよね。  山の神様にお(つか)えする()巫女(みこ)()って、皆と共に。。。  ・・・なんか、楽しい事ばっか… だった気がする。  最初の出逢(であ)いから、同じところを目指して、同じように突っ走って。  そんで、舞は、(かな)えちゃったんだよね。 巫女に成るって、夢を。  ほんとに、おめでとう!  ・・・もう、すぐだね。  でも、私たちは・・・ 『さよなら だけど、お別れじゃ ない。』  『また 逢えたら。』 ・・・いえ、『また、逢いましょう。』  舞と 栃実は、最後の別離(べつり)(きわ)に、最期(さいご)のメッセージを、交わした。  『See You Again』  山桜が、山祭り祭典の開始を告げると、二人の巫女が見守る中、(ほど)なく月光に照らされた舞台上で始まる、壱乃峰の歌姫 単身での舞いと唄。  栃実は、控えめな振りでの 木の葉の舞いを舞いながら、樹々(きぎ)(うた)を その美しい葉音で歌い上げる。  山桜は、舞と 瑞貴を、舞台中央に呼び込むと、ざわめく皆に、告げた。 「此度(こたび)の祭典は・・・ もうひとつ お唄の披露が、ございます!  ()れは・・・ 次代の巫女へと手向(たむ)ける お唄。。。」  山桜の(いざな)いで、瑞貴が その美しい葉音で ()んだ高めのトーンのコーラスを(かな)で始めると、続けて 栃実は、語りかけるように歌いだした。 『See You Again』  La La La La ruru ruru ruru La La La La ruru ruru ruru La La La La  あなたに()えなくなって、どれくらい()つのかな?  もし 逢えたら、話したいこと いっぱいあるの。  あなたと出逢ってから、ずいぶん長い道のりを 歩いてきた。  また 逢えたら、想い出を語りたいね。 そう、また 逢えたら。  一緒に過ごした、幸せな日々。  一緒に学び合って、一緒に いろんなことを見て 感じたね。  あなたと一緒に立つ舞台は、いつも楽しかった。  …ねぇ、気付いてた? あなたが支えてくれるから、私も進める。  だから、私も支えたい。 ひとつだけの夢に向かって進む、あなたを。  同じ道を歩んで、いっぱい笑い合ったね、私たち。  でも 夢へと続く この道は、(かな)ってしまえば その先は・・・  ・・・切り替えなくちゃ、この気持ち。  さよならだけど、お別れじゃない。 ずっと一緒に、これからも。  あなたは、いつも ここにいるから。 私も、あなたと 共に()るから。  最後の舞台は、あなたの ために。 みんなを導く、あなたの ために。  旅立つ あなたに、贈りたい。 私たちの (こと)()を。  …ねぇ。 あなたに逢えなくなって、どれくらい経つのかな?  もし 逢えたら、話したいこと いっぱいあるの。  あなたと出逢ってから、ずいぶん長い道のりを 歩いてきた。  また 逢えたら、想い出を語りたいね。 そう、また 逢えたら。  LaLa La La LaLa La Aah rurururu ru ruru ruru ru rurururu ru Wooh  同じ道を歩んできて、いっぱい笑い合った、私たち。  気が合って 分かり合って、友情は深まって、やがて (きずな)になって。  ずっと断たれない、この絆。 決して無くならない、私たちの友情。  目指した先は 違うけど、いつも私たちの 想いは同じ。  遠く離れてしまっても、想いはあなたと 共に在る。  あなたが支えてくれたから、歩んで行ける この道を。  いつか また、逢いましょう。 一緒に歩んだ、その先で。  あなたが のこしてくれたのは、みんなの希望や 道標(みちしるべ)。  みんなで歩む この道は、あなたが(まばゆ)く 照らしてくれる。  やがて辿(たど)り着く、(かえ)(ところ)までの道のりは、みんなで織りなす 物語。  あなたに逢えなくなってから、もう どれくらい経つのでしょう?  もし 逢えたら、話したいこと いっぱいあるの。  あなたと出逢って、長い道のりを 歩いてきた。  また 逢えたら、想い出を語りたい。 そう、また 逢えたら。  LaLa La La LaLa La Aah rurururu ru ruru ruru ru rurururu ru Wooh  そう、また 逢えたら。  LaLa La La LaLa La Aah rurururu ru ruru ruru ru rurururu ru Wooh  See You Again  互いに 無言で見つめ合い、感涙(かんるい)を流す、栃実と 舞。 「とっち、ほんとに ありがとう…ね。」  と、舞は 栃実を、そっと抱き寄せる。  栃実は、舞に しがみつくように、舞台上にいるのも忘れて、号泣(ごうきゅう)した。 「舞・・・ まいぃぃ~! うゎぁぁ~~ん!  (うれ)しくて、悲しくて。(さみ)しくて・・・、でもやっぱり、嬉しいっ!!  ねぇ。舞・・・。 巫女拝命(みこはいめい)、おめで… とぅ・・・。」  最後は 言葉にならなく、その場に崩れ落ち嗚咽(おえつ)する。  瑞貴は、栃実を抱きかかえて なだめると、そのまま二人は 舞台を下りた。  しばし訪れた、静寂。  峰乃 橅は、瑞貴に 祝詞(のりと)が書かれた木簡(もっかん)を預けると、その知識に秀でる巫女装束を 奉納舞いに適したものへと、変化(へんげ)させる。  朱色の胸紐(むなひも)を結び留め、その(いろど)りを より華美(かび)なものへと昇華(しょうか)させると、神具(しんぐ)(おうぎ)を開き持ち、舞台に上がる。  舞は、精進(しょうじん)してきた『昇天乃舞(しょうてんのまい)』を思い返し、手にしていた栃花(とちばな)鏑鈴(かぶらすず)を じっと見つめると、峰乃 橅と向き合い、うなづき合った。  舞台を降りて 準備の様子を見届けていた山桜が、その開始を告げる。  峰乃 橅が 扇を(ひるがえ)し、舞が 鏑鈴を振り鳴らすと、観客席からは、山の神への想いを(あらわ)(もり)(うた)が。  そして 二人の巫女は、森の唄に乗せて、合わせの奉納舞いを、舞い始めた。  奥山流 峰乃派(おくやまりゅう みねのは) 最期(さいご)となる奉納舞いは、それに相応(ふさわ)しい荘厳(そうごん)さをも表現しながら、華麗に優雅に、舞われる。  舞いの (なか)ばに差しかかると、一転して その舞踊(ぶよう)は、これまでの古流では表現されなかった、大きな動作を(ともな)()(よう)へと、変化していく。  二人の舞い手は 視線を合わせると、胸元で軽く握った左手にその想いを込めた舞は、軽快で優雅な跳躍(ちょうやく)で、峰乃 橅へと ()()る。  峰乃 橅が、頃合(ころあ)いを計って 腰部(ようぶ)で両手を組むと、舞は片足で飛び乗る。  すぐさま、峰乃 橅は その(てのひら)を舞い手ごと持ち上げると、飛翔(ひしょう)支援(しえん)された 舞は、天を仰いで(くう)を舞った。  天空に輝く月へと向かって、その右手に持った鏑鈴(かぶらすず)を振り鳴らし始めると、舞は(ひと)()ちた。 「月光(げっこう)(みちび)かれて・・・ 昇天(しょうてん)する。 こんな、感覚なのかな。。。  山の神様・・・ ここまでお導き頂き、ありがとうございました。  私は、大切な人たちからの多大な支援を受けて、念願だった樹の巫女に成ろうとしています。。。」  舞は、眼下の舞台と同様に 月光に照らされて森の唄を唄う皆へと視線を移し、大地に根ざして()きる樹々の健在ぶりを山の神へと伝達すると、僅かな笑みを浮かべる。 「樹の巫女は代替わりするけれど・・・ 大丈夫よ。 峰乃 橅(みねの ぶな)様は 昇天なされても、皆と共に()り続けるから。」 「・・・とっち。 これまで本当に・・・ ありがとう。。。  私たちは、『さよなら だけど、お別れじゃ ない』。 いつか、きっと・・・『See You Again』。  みんなも・・・ すぐにまた、逢いましょう。 舞いに秀でる樹の巫女『峰乃 赤松(みねの あかまつ)』として。。。」 「そして。。。 私が巫女に成っても・・・ 記憶は、この想いは・・・ 無くなりはしないわ。  きっと、とっちや瑞貴が・・・ 私の種子(しゅし)に込めた記憶や想いを、語り継いでくれるでしょう。  ほら、こんなふうに。。。」  舞は、胸元で軽く握ったままだった左手を 身体の外側へと開くと、伸ばした手先から、その溢れんばかりの様々な想いを込めた アカマツの翼果(よくか)を、(くう)に舞わせた。 b1f121a2-27ed-40ab-a59b-588dcc864974  すぐさま湧き起った、舞いの美しさへの賞賛の声を聞きながら、舞は、心の中で(つぶや)いた。   舞い散る アカマツの翼果(よくか)が、すごく綺麗・・・かぁ。 みんな、ありがとう。   瑞樹師匠(みずきししょう)も うなづいてくれてるから、奉納舞いも・・・()く表現できたみたいね。   精進して、善かった。   そして・・・ 最期の晴れ舞台で、最善の表現ができた ()昇天乃舞(しょうてんのまい)は・・・ 峰乃 橅様に、(ささ)げます。。。  峰乃 橅が、山の神への感謝を表す祝詞(のりと)奏上(そうじょう)して 祭典を終えると、山祭りは、樹の巫女の代替わりとなる 神事(しんじ)へと。  皆への、それぞれの 最期の挨拶を終えると、舞は 峰乃 橅と共に、その居所(いどころ)へと向かう。  高台の、少し上。 慣れ親しんだ、ブナ大樹(たいじゅ)(もと)。  峰乃 橅は、天に向けて扇を(ひるがえ)すと、 「・・・山の神様。 (わたくし)は、立木(りゅうぼく)のまま御神木(ごしんぼく)()り、()の森の皆を見守る選択を、致します。」 と、永らく抱いていた その想いを、山の神に伝達した。  扇は、月光を受けて さらに輝きを増すと、それに込められた神力(しんりょく)は、峰乃 橅の想いを 山の神に届く(こと)()へと昇華(しょうか)させる。  神具としての最後の役目を果たした、扇に込められた神力は尽きて、その輝きを失った。  これを見届けた 舞は、木陰(こかげ)種子貯蔵庫(シードバンク)書棚(しょだな)から 少し離れた山肌(やまはだ)に立つと、峰乃 橅へと向き直る。  峰乃 橅も 舞と向き合って立つと、視線を合わせて、穏やかな笑みを浮かべる。 「(これ)で、ようやく・・・ 私達(わたくしたち)の想いや願いが、成就(じょうじゅ)しますね。  ・・・壱乃峰(いちのみね)の森の未来は、貴女(あなた)たちに 託します。」  峰乃 橅の言葉に、舞が、 「この森を より()い方へと導けるよう、精進いたします。」 と(こた)えると、二人の巫女は 天を(あお)いだ。 「それでは、樹の巫女の 代替わりの神事へと、(まい)りましょう。  ・・・山の神様より 貴女たちへの神託(しんたく)である、『大いなる変革』を、成し遂げるために。」  すでに 壱乃峰に(せま)った雷雲(らいうん)を見た 二人の巫女は、声を(そろ)えて 拝命の儀の開始を告げた。 「・・・此れより、拝命の儀を、()り行います!!」 5dc82658-bd97-4309-adcf-cf13281a96ab  峰乃 橅は、下げた左手に持った 扇を、舞へと向ける。  舞は、鏑鈴(かぶらすず)を右手に持つと、頭頂(とうちょう)前天冠(まえてんかん)に並べて(かか)げる。  雷鳴(らいめい)とともに 周囲に木霊(こだま)する 山の神の声に応えると、二人の巫女は 瞳を閉じた。  峰乃 橅が、代替(だいが)わりの天雷(てんらい)を宿した雷雲へと向けて 右手を()げると、天雷は、その間際に生立(せいりつ)していた ブナ大樹(たいじゅ)(こずえ)に直撃した。  降雷(こうらい)の衝撃で、代替わりの天雷に込められた 拝命(はいめい)神力(しんりょく)が分離すると、その光球(こうきゅう)は、ゆるやかに 舞へと向かって降りていく。  ブナ大樹の樹体内(じゅたいない)では、代替わりの天雷は、破壊の側撃雷(そくげきらい)昇天(しょうてん)神力(しんりょく)が込められた本流とに分かれると、天雷の本流は、これまで瑞樹が、峰乃 橅が、居所としていたブナ大樹を、枯死(こし)してなお皆を見守る 神木(しんぼく)()した。   破壊の側撃雷が、ブナ大樹の力枝(ちからえだ)から 峰乃 橅の挙げた右手へと移り、その身体を流れると、その身の(けが)れは(すべ)(はら)い清められ、生命力を得ていたブナ大樹との 生命の同調を断ち切り、左手の扇を破壊する。  すぐさま、扇が向けられていた、舞の前天冠へと移った 破壊の側撃雷は、樹の巫女としては不要な、舞の これまでの記憶を抹消(まっしょう)した。  壱乃峰に(とどろ)雷鳴(らいめい)(おさ)まると、神木化したブナ大樹の樹体内から峰乃 橅のもとへと移された 昇天の神力は、峰乃 橅の身体を 樹の生命力を要しない御霊(みたま)へと再生させる。  やがて、山の神より 神界へと(いざな)われた 峰乃 橅は、(ひとみ)を開いて 神木化したブナの大樹や壱乃峰の樹々を見ると、雷雲の隙間(すきま)から差し込む月光に導かれ、昇天した。  再び 周囲に木霊(こだま)した 山の神の声に従って、舞がゆっくりと瞳を開くと、自身が拝命(はいめい)神力(しんりょく)の光に包まれていることに気付いた。 「柔らかな・・・ 暖かい光が・・・ 私の中に。。。  樹の生命力とは 少し違う、()の感覚は・・・。」 「書物にあった、再生(さいせい)神力(しんりょく)?  ならば・・・。 私は いま、山の神様の御力(おちから)を授かって、神格化した樹の巫女に()ろうとしている。。。」  舞は、右手に下げ持った鏑鈴に、自らの身体に満ちたのと同様に 拝命の神力が(みなぎ)っていくのを感じると、目の前にまで持ち上げて、じっと見つめた。 「此の鏑鈴と共に舞う 奉納舞いは、山の神様へと届く舞いに。  振り鳴らされる鏑鈴の音色(ねいろ)は、皆の想いまでをも、山の神様にお伝えする(こと)()へと昇華(しょうか)されよう。。。」  鏑鈴は、拝命の神力の光に包まれながら、シャン・・・ と 良い音色で、小さく鳴った。 「()い音色と、(みなぎ)る神力。。。  ・・・なぜかしら? 鏑鈴に込められた、大切な想いまでをも感じるのは。。。」  頭頂の前天冠に(ほどこ)された装飾の、アカマツの針葉(しんよう)が、拝命の神力が充填(じゅうてん)されたのを表すかのように、ひときわ輝きを増して(きら)めく。 「前天冠を(かい)して聞こえる、此のお声は・・・。 山の神様の、言の葉。。。」  山の神の 天の声によって、巫女の名と その役目が告げられると、拝命の神力の光球内は一転して、壱乃峰の森の行く末の姿と、そこに至るための あらましについての映像へと転化する。  やがて、その巫女が かつて知識の素養を得たように、森羅万象(しんらばんしょう)の知識を その身に宿し終えると、拝命の神力による発光は収束した。 「何と多くの・・・ 英知(えいち)だろう。。。  そして… 拝命する 巫女の名と、山の神様より授かりし お役目は。。。」  雷雲は 壱乃峰を去って、月光が 新たな樹の巫女を照らしている。  鏑鈴を 天にかざして振り鳴らした 巫女は、その名と 授かったお役目を復唱すると、山の神へと (ちか)いの (こと)()献上(けんじょう)した。 「()樹種名(じゅしゅめい)を 樹の巫女の御名(みな)と成す、との しきたりに(のっと)り、樹の巫女 峰乃 赤松(みねの あかまつ)の名を、拝命致しました。」 「授かりし お役目でございます、 『壱乃峰(いちのみね)の森の調和を()って、極相林(きょくそうりん)と成す。』 ことは、()の身の(すべ)てを(ささ)げて()()げる事を、誓います。」 「・・・成程(なるほど)。 (これ)ほど山道を下っても、一切の疲労を… 感じない。  『神格化(しんかくか)した 樹の巫女は、()いる事無(ことな)く~』とは、山の神様より(たまわ)りし、神力(しんりょく)恩恵(おんけい)か。。。」 「()の 桜並木の向こうには、舞台となる 大平岩(おおひらいわ)が。。。  そう、此処(ここ)で・・・ 樹の巫女の、初となる お(つと)めを。。。」  桜並木に その姿を(あらわ)したのを見た 栃実は、誰よりも早く、峰乃 赤松に駆け寄る。 「(まい)! ・・・いえ、峰乃 赤松(みねの あかまつ)、様。。。」 「貴女(あなた)は… トチノキの・・・ 栃実さん、だったかしら。  (もう)(わけ) 御座(ござ)いません。  この通り、巫女を拝命したばかりですので、(いま)だ記憶が混濁(こんだく)しているのです。。。」 「では 此処は、(これ)にて失礼させて頂きます。  …初の お務めであります、皆様への 新任のご挨拶が、ございますので。」  無表情のまま、淡々と 栃実に答えると、峰乃 赤松は その優雅な歩様(ほよう)のまま、舞台へと向かった。  栃実は、その場に立ち尽くしたまま、峰乃 赤松の後ろ姿を見送る。  その記憶は すでに無く、舞が 樹の巫女と()ったことを実感した栃実は、喜びに満ちた笑顔のまま、とめどない涙を流していた。  その お務めである、神事を 順調に進行した 峰乃 赤松は、皆に告げた。 「山の神様より授かりし お役目は、 『壱乃峰(いちのみね)の森の調和を()って、極相林(きょくそうりん)と成す。』 にて、ございます。」  神事は、『神憑(かみがか)り』へと移り、峰乃 赤松に憑依(ひょうい)した山の神は、その (こと)()(はっ)する。  『新たなる、樹の巫女よ。 是迄(これまで)神託(しんたく)は、巫女の昇天によって、成された。   壱乃峰の森に活きる樹々よ。   (これ)まで 善く茂り、善く実り、善く精進した。   善き精進は、高き素養を育む。 高き素養は、善き巫女の輩出(はいしゅつ)と 成った。   来春より訪れる、()の森の、大いなる変革。    ()の神託は、森の調和を()って 極相林(きょくそうりん)と 成す。   新たなる、樹の巫女よ。  壱乃峰の森に活きる樹々よ。   皆と共に其の手を取り合い、是を 成し遂げて みせよ。   是から訪れる冬の (ねむ)りの(うた)を以って、神託の (こと)()と、す。』  壱乃峰には、雪起(ゆきお)こしの天雷(てんらい)が。  峰乃 赤松は 神具を介して、天雷に込められた神力と、神託となる言の葉が(つむ)がれた 眠りの唄を、授かる。 「これが・・・ これから ひと冬かけて唄う… 眠りの唄。」 「…うむ。 これ程までに紡がれた 言の葉ならば・・・。  これまでの記憶が抹消されねば、此の身に受け入れる事は 出来ぬだろう。。。」 「すぐにも、初雪が・・・。 皆を 冬季の休眠へと、(いざな)うために。。。」 「唄いだすと、致しましょう。 眠りの唄の、第壱楽章(だいいちがくしょう)を。」 「…()れは、今季の想い出を 紡いだ、言の葉。」 「そして、樹々よ。 その年輪(ねんりん)に、(きざ)みましょう。  想い出を、決して忘れる事のない 大切な記憶として。。。」  峰乃 赤松は、慈愛(じあい)に満ちた表情で 皆が眠りに()くのを見守りながら、子守歌を歌うように 優しく(おだ)やかな葉音(はおと)で、眠りの唄を 唄いだす。  それにつれて、壱乃峰の天然林には、初冠雪(はつかんせつ)が降り積もってゆく。  順に 樹々が眠っていく中、栃実は、峰乃 赤松の歌声に 耳を澄ませる。 「素敵な… 歌声・・・。  …ねぇ、舞。 舞は、ほんとに・・・ 巫女に成っちゃったんだね。。。」 「善かったね… 舞。  私も、舞を ずっと支えることができて、善かったって 想うよ。」 「想い出が・・・ あふれてくる。  私の中に、刻まれてゆく。。。 たくさんの、大切な 想い出が。」 「あぁ… 山の神様の、言の葉も。。。  ずっと、私たちを… 見守って下さってたのね。 そして。。。」  栃実は、手にしていた アカマツ針葉のヘアクリップを、じっと見つめると、そっと瞳を閉じる。 「ねぇ、舞。 あなたの舞い、いつも素敵だった。  だから、これからも・・・ 素敵な舞いの 巫女でいてね。」 「ここには・・・ 舞の、大切な記憶や 想い出が。。。  ・・・そう。 私と 舞は、ずっと一緒に。。。」 「いつか・・・ また ()えたら。  ・・・うぅん。 また、逢いましょうね。 舞。。。」 『See You Again』  栃実は、そっと つぶやくと、大切な贈りものを胸に抱いて、眠りに就いた。
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